第8話  ん!

 ギルド支部長への報告を終えたエルは、建物内をふわふわ飛びながら受付のカウンターまでやって来た。

 そんなエルに、受付のマールがとても良い笑顔で語りかけた。 

「あら、エルさん。もうお話は終わったんですか?」

『おわった~!』

「そうですか、それでは今回の報酬はこちらになります。持って帰れます?」

 小さなエルの前に、皮の小袋に入れられた報酬が出されたが、

『一枚だけちょうだい! あとはヴィーの名前で預かってて~』

 そのエルの言葉にマールは小さく頷き、皮袋から貨幣を一枚取り出しエルに渡すと、それを得るは大事そうに両手で抱えた。

「何か依頼を請けて帰りますか?」

 マールの問いかけにエルは、

『ちょっと支部長さんに頼まれごと~! また今度ヴィーと来るね~』

 エルの返答を聞いたマールは、にっこりと笑って、

「はい、お待ちしてますね」

 そう言って軽く会釈した。

 本当に少し身体を傾けただけの会釈であるにもかかわらず、マールが人気受付嬢と言われる所以がものすごく強調された。

 小人種であるマールの身長は確かに人種よりも低いのだが、その胸のサイズだけは人種の平均以上のサイズである。

 圧倒的迫力のマールの胸を、じ~~っと見ていたエルは一言、

『もげればいいのに』

 そう呟いて、入り口のスィングドアの上をふらふらと飛んで出ていった。

 エルの呟きが聞こえたマールは、真っ赤な顔をして胸を両手で隠して受付の席で俯いていた。

 だが、その恥じらう姿がまたマールの人気を高めていく事になるのだが、それはまた別の話。



 エルは虹色の羽を持つ妖精である。

 妖精種と言えば、多くの人は真っ先に背中に美しい羽根が生えた小さな少女の姿を思い浮かべるだろう。

 正しくその想像通りの姿をしているのがエルである。

 実は妖精種と言うのは、エルの様な姿だけでなく、他にも様々な姿の者も居る。

 妖精達は魔法を行使できる事でも有名で、各々が得意とする魔法を持っている。


 背には虹色の美しい羽根を持ち、背丈は人種の頭ほどの大きさしかないが、その姿は非常に美しい少女である。

 深い紺色の髪の毛と対象的に、透き通るかのような真白い肌を持つその姿を見た者は、誰も彼もが美しいと称賛するだろう。


 その美しい妖精であるエルは、長くヴィーの相棒として行動を共にしている。

 ヴィーとは特殊な繋がりがあるので、声に出さなくともその繋がりを通す事により、遠く離れていても会話する事が出来る

 しかし、そうでない人…つまりは、こういった村などで接する人々とは声を出して会話する必要がある。

 声とは、肺のに吸い込んだ空気などで声帯を振るわせて発する音である。

 妖精は小さい。その肺活量は、当然だが人種よりもかなり少なく、妖精が普通に会話すれば、自然と声は小さい物となってしまう。

 普通に妖精が会話をしてしまえば、その声はよほど注意深く耳を向けねば人種に聞き取る事は出来ない。

 なので、エルはそれを補うために独自の魔法を行使している。

 エルが最も得意とする魔法は、風を操る魔法。

 その応用で、自らの声量を何倍にも増幅する事で、こうして自分よりも大きな人種と普通に会話ができるのである。


 ちなみに、蛇足ではあるが、この世界で生まれながらにして魔法を使えるのは妖精種のみである。

 人種が魔法の理を分析して作りあげた、魔法に似た物は魔術や呪術と呼ばれ区別されている。


 

 ギルドの建物を出たエルは、先程貰ったお金を使って、村のおばちゃんの店で焼き菓子を買い食いしていた。

 むろんお店のおばちゃんが、エルの食べやすいサイズに砕いてくれたのは言うまでも無い事だ。

 おやつを堪能したエルが、村の出口までふらふら飛んでいくと、不意にヴィーの囁く様な声が頭に響いた。


『エル…聞こえるか?』

 大好きな少年の声で呼ばれたエルは、焼き菓子を頬張りながら頭の中で返事をする。

『聞こえるよ~。どうしたの?』

 ヴィーとエルの間の特殊な繋がりであり、これにより2人は離れていても会話ができるのだ。

『ああ、実はあといくつか頼みたい事があってな』

 その頼まれごとの内容を聞いたエルは、

『ん!』

 そう短く返事をした後、エルは急いで道を引き返し、ギルドへと向かった。

 そして、ギルドの建物に飛び込んだエルは、未だ受付で小さく縮こまっているマールの頭をぺしぺしと叩き、一緒に急ぎギルド支部長の部屋へと向かうのであった。

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