第7話 狩る者
妖精狩りは、王国では重罪である。
実行犯だけでなく、協力者・依頼者までもが極刑に処される。
もちろん未遂であっても、それが重罪である事に変わりはない。
妖精種を生かしたまま捕縛、もしくは殺して素材として取引をする。
この王国では、建国当初より、その行為と罰則が王国法に明記されてるほどに有名な犯罪である。
しかし妖精が持つ特殊な性質は、魔術…とりわけ他人を直接間接を問わず害する禁忌の呪術の触媒として最も適しており、悪意をもって呪を使おうとする者達がその素材として妖精を求めているため需要は絶えない。
妖精を触媒とした呪術を行うと、遥か遠くに離れた者を呪い殺す事も出来ると言われている為、闇の仕事を請け負う人間や組織には高値で取引されるのである。
その行為が明るみ出れば、極刑間違いなしと分かってはいても、妖精狩りに手を出す者は後を絶たない。
魔術や呪術には、人々の生活の役に立つ物なども多くあり、特に珍しい物でもないが、疫病を発生させたり直接誰かを殺傷するような呪術は当然の事であるが、禁忌とされている。
妖精を求めるのは、先に述べた様に『妖精が持つ特殊な性質』の所為である。
多くの妖力が蓄えられた妖精の肉体は、特殊な処置を施す事により妖精石にすることが出来るのだ。
この妖精石を使って行うのが、禁忌とされている呪術である。
妖精がの死後数時間で、その蓄えられた妖力が肉体より抜けてしまうので、出来るだけ新鮮な妖精の死体が求められる。
最上は生け捕りにして依頼主に直接渡す事であある。
故にこんな森の奥での妖精狩りを行うと、その運搬に時間がかかってしまい鮮度が落ちてしまうのは明白。
つまりこの男達は、妖精を生け捕りに来たという事である。
「お前達は密漁者…それも妖精狩りだな?」
無論、ヴィーとて何の確証も無く妖精狩りと決めつけたわけでは無い。
男達のタープの中に、鳥かごの様な物を幾つも見つけたからである。
このような森の深部まで来てまで小鳥を捕獲せねばならない依頼などは無い。
そもそもこの様に危険な場所には、ベテランの狩人でさえ中々来る事は無い
そして、そんなベテランに仕事へ小鳥の捕獲など誰も依頼しないだろう。
何故なら、依頼料が高額になりすぎて、割に合わないからだ。
そうなると、あの鳥かごの中に入れる予定の物は鳥では無いという事になる。
鳥かごに入れる事が出来る大きさの獲物…それだけで、ヴィーには十分だった。
男達の反応を見ながら呟くヴィーを囲む、男達の輪が少しづつ縮まる。
ここに至って、少年の援護に誰かが来る事も無く、またその気配すら感じない。
じりじりと間合いを詰めた男達は、己の持つ得物の攻撃範囲に少年が入った事を確認し、一斉にヴィーに襲い掛かった。
しかし、そんな男達の動きを冷静に見ていたヴィーにとっては、その動きは酷くゆっくりした物だった。
「…遅い 」
ヴィーの呟きが、はたして男たちの耳に入っただろうか。
同時に4人が剣で斬りかかり、その隙間を3人が槍で突く。
示し合わせたわけでもないが、7人が一斉に攻撃を行ったのだ。
その7人だけでなく、周囲で警戒していた4人も、こう思っただろう…間違いなく殺した…と。
しかし、男達が目にしたのは、己の得物が突き刺さった大木だけで、少年の姿などどこにも無かった。
一般的には、犯罪行為であるという証拠が無ければ取り締まる事は難しい。
だが、今回は証拠を見つける必要すらなかった。
何故ならば、男達が何の警告も無く武器を振るって襲い掛かって来たのだから、これは誰が見ても故意の殺人行為であり、過失であるはずがない。
故にヴィーが反撃を行ったとしても、それは何の罪にもならない。
攻撃を受けた時、ヴィーはほんの少しだけ膝を曲げて、軽く飛び上がり、大木の枝に飛び乗る…それだけで、7人の男達の攻撃範囲から抜け出たのだ。
無論、こんな動きは普通の人にはまず無理だろう。
枝に飛び乗ったヴィーは、愛用の強弓をすっと左手に持つと、素早く矢をつがえ一息で猫背の男の眉間を打ち抜いた。
そしてそのまま男達の輪の外、斧を持った大男のすぐ目の前に飛び降りた。
背後でどう何かが倒れる音がしたのに気付き一斉に振り返ると、眉間を矢で打ち抜かれた猫背の男の姿と、先程姿を見失った少年の姿がそこにはあった。
仲間の1人が倒れているにもかかわらず、男達の動きは早かった。
すぐさまヴィーの背後から剣を振りかぶり迫る3人の男。
しかし、ヴィーは冷静にその場で体を回し1人に蹴りを入れ、蹴った足を地に付けた瞬間強弓で2人続けて打ち据える。
一瞬で3人を倒したヴィーに、残る男たちの動きが止まる。
大男は、この現状・状況をすぐには受け入れられなかった。
冷静に判断し行動をすればまた違った結果になったかもしれない…が、現実は無常である。
まるで硬直したように動きが止まった槍を持つ4人の男達に向かい、軽く鋼のごとき強弓を回し強かに打ち据えたヴィーは、そのまま今度は身体を回しながら大男の近くで唖然としていた男二人を続けて蹴り倒した。
そうして、未だ呆けている大男だけを残し静かにヴィーは静かに佇む。
「妖精狩りは重罪だ。そして、妖精狩りを狩る事は王国で推奨されてるんだよ」
ヴィーの声が大男にはどう聞こえたのだろうか。
暴力で何でも思うようにしてきた男には、こんな少年に馬鹿にされたのが我慢ならなかったのだろう。
一瞬で沸騰した頭は、冷静に物事を考える事が出来なくなっていた。
後ろ暗い仕事を請け負ってきた10人もの仲間達が瞬きの間に倒されたのである事からしても、この少年の実力が尋常なものではない事は理解できないはずがない。
冷静に状況を判断できるのであれば…だが。
怒りに我を忘れた男には、そんな簡単な事すら理解できなかった。
いや、もしかしたら目には見てていても、頭が理解する事を認めなかっただけなのかもしれない。
だから、ただただ狂った様に吠えながら、大男は大斧を叩きつけようとヴィーに向かい走り出した。
だがその大斧がヴィーの頭を叩き割る事はなかった。
それ以前に大男がその大斧を振り下ろす事はなかった。
大男の両手首から先は、大斧を握ったまま大男の目の前にガシャンと落ちたからである。
振り上げ振り下ろした両手首から先は血を吹き出ており、大男の頭から辺り一帯全てを真っ赤に染めた。
何が起こったのかすら理解できないまま、大男はヴィーの蹴りを側頭部に受けて、その場で意識を失った。
男達の動きを『遅い』と言った様に、ヴィーには大男の動作が丸見えだった。
丸見えの動きにヴィーが対応できないわけが無い…いや、対応しないわけが無い。
大男がその大きな斧を降り上げようとしたその両手を、男が降り上げるよりも早く、ヴィーが弓の弦で断ち切ったのだ。
断ち切られた大斧を握りしめた両腕は、すでに切り落とされていたのだ。
もっとも、何時両腕を切られたのかなど、大男には知覚すら出来なかっただろうが。
そして、血をまき散らす大男の側頭部へと、ヴィーは冷静に蹴りを叩き込んだ。
森の中の戦闘は、酷くあっけなく終了した。
ピュンと弦の血振りを行い弓を担ぎなおすと、ヴィーは大男の両手首と両脇をロープで簡単に止血し、まだ息のある男達を縛り上げた。
「エル…聞こえるか?」
一仕事終えたヴィーは、そして、樹々の合間から見える、ようやく昇った日に目を細めながら、空に向かって語りかけた。
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