第7話 特別会議室

 ――――魔物対策省、特別会議室。

 部屋の中央に長方形の机が置かれたその部屋は、魔物対策省大臣の堂島が他の大臣などと会議をする時に使用していた。

 壁の中には魔道具が埋め込まれており、透視や盗聴によって内部のことを知ることはできない。


 その中では、堂島と他二人の男性が会議をしており、須田によってモンスターが放たれた事件について話し合いをしていた。


「……ではここからここの地区は警視庁の管轄、こっち側はワシらが担当するということでいいかの?」

「ああ、構わない。ひとまず人の多い地区を重点的に警備し、その他の地区は会社ギルドの協力が取れ次第手を回すとしよう」


 堂島の提案にそう答えた眼鏡をかけた強面の人物。

 彼は警視庁のトップ、警視総監の権田ごんだ征司せいじであった。東京の治安を守る警視庁の長として、彼はこのモンスター騒動の対処に当たっていた。


「感謝する。征司は話が速くて助かるわい」

「合理的に判断しているだけだ。こちらとしても龍一郎が魔対省の大臣になってくれて助かっているしな」


 かつて盟友であった堂島と権田は別々の組織の長となった。

 お互い忙しくなり会う機会こそほとんどなくなったが、こうして有事の際には連絡を取り合い柔軟に連携を取っていた。


「それにしても……大人しく高飛びでもしてればよいものを。こんな騒動を起こすとは面倒なことをしおってからに」

「主犯の須田明博は絶対に捕まえる。そしてそのバックにいる組織もな。私の目が黒い内はあのような小物に好き勝手はさせない」


 権田は瞳に怒りの炎を燃やす。

 堂島と同年代の彼は、かつて堂島とともにモンスターと戦い、この国の平和を守った戦士であった。偉くなった今、堂島と同様に現場に出ることこそ少なくなったが鍛錬は欠かさずしており、その肉体はいまだ衰えていなかった。


「じゃあ警察との連携の話はこれくらいにして……橘殿たちばなどの。例の話をしてよいですか?」


 堂島は権田から目を外し、もう一人の来賓者に目を向ける。

 そこにいたのは刀を持った男性であった。年齢は80歳前後であろうか、髪は生えておらず線も細いが、その眼光は鋭く歴戦の戦士を彷彿とさせる。


 白い着流しを着用している彼は、ゆっくりと堂島に視線を向け返事をする。


「我が道場からは門下生を300人貸し出す。そういう取り決めだからな」

「感謝します橘殿。橘流剣術の使い手がそれだけいれば百人力です」


 堂島の言葉に老人は「ふん……」と不機嫌そうに返す。

 この老人の名前は『たちばな咲エ門さきえもん』。門下生1000人を超える橘流剣術の総師範にして、生ける伝説と呼ばれる剣士であった。


 橘流は日本政府とも縁が深く、古くから警察組織で剣の指南を請け負っている。

 その総師範の咲エ門さきえもんは堂島と権田と昔から関わりがあり、彼らがまだ若い時に稽古をつけたことがある。

 才能豊かで強い信念を持つ二人を咲エ門さきえもんは気に入っており、よく三人で飲みに行くこともあったが……ある事件・・・・以降、その仲は冷え切っていた。


「話が終わったのなら帰るぞ。あまりここに長居をしたくはない」

「橘殿……」


 咲エ門さきえもんは立ち上がると、会議室の出口へと向かう。

 堂島は彼に向かって手を伸ばそうとするが、その手は途中で止まりその手を下ろす。


「…………」


 扉についた咲エ門さきえもんはそのノブに手をかけると、振り返ることなく堂島に話しかける。


「協力はする。しかし貴様を許すことは到底できん。我が最愛の孫をみすみす見殺しにした、貴様をな」

「……分かっております。希咲きさきに救ってもらったこの命、無駄には使いませぬ」

「ふん……」


 最後にそう呟き、咲エ門さきえもんは会議室を後にする。

 二人残った会議室には、重く苦しい空気が残るのだった。


◇ ◇ ◇


魔物対策省、廊下。

 多くの職員が須田の事件の対応に追われ忙しそうにしている中を、俺は歩いていた。

 途中でまだ手が空いてそうな職員を見つけた俺は、近くに行って質問する。


「あの、特別会議室ってどこですかね?」

「田中さん!? あ、えと、ここをまっすぐ行って突き当りを右です!」

「ありがとうございます。助かりました」


 俺は礼を言って言われたとおりの道を行く。

 魔物対策省の敷地内に住んでいるけど、いまだに職員に会うと驚かれる。まあ敷地内にいるだけであまり事務所の外には出ないからな。レアキャラ扱いされてるんだろう。


「ここを曲がって……この先か」


 堂島さんに呼び出された俺は、特別会議室という部屋に向かっていた。

 そこで須田に関する件を話すつもりなのだ。


「……ん?」


 特別会議室の近くにいくと、扉が開き中から人が出てくる。

 和装が似合う、スキンヘッドの爺さん。俺はその人物に見覚えがあった。


「橘さん……!?」

「お主は希咲の……」


 俺を見た橘さんは眉をぴくりと動かす。

 この強そうでおっかない爺さんの名前は橘咲エ門。


 俺の師匠、橘希咲の祖父にして、橘流剣術の総師範だ。


 この人は希咲さんの剣の師匠でもあるので、俺の師匠の師匠にあたる。前に少しだけ剣を見てもらったことがあるけど、その教えは的確だった記憶がある。

 俺の師匠は恐ろしく強かったけど、その時の師匠でもこの人に勝つのは難しいと言っていた。80歳を超えてまだ強いとは恐ろしい。


 たった一人の孫である希咲さんを溺愛していて、ゆくゆくは総師範の座を譲ろうとしていたらしいけど……希咲さんは皇居直下ダンジョンで帰らぬ人となった。

 それがよほど応えたのか、しばらくは外に顔を出さなくなったみたいだけど、どうやら今は外に出られるようになったみたいだ。

 あの事件は本当に多くの人の心に傷を残した。


「名は田中と言ったな。お主の剣、動画で見たぞ」

「あ、えと……恐縮です」


 まさかこの人に動画を見られていると思わなかった俺はどきっとする。

 うう、なんか言われるのかな……。


「お主の剣は橘流と呼ぶには荒々しすぎる。その才があれば橘流を極めることもできたというのに……」

「はあ……すみません」


 前に希咲さんも同じようなことを言っていた。

 最初の俺の戦闘スタイルを矯正し、橘流を極めることもできると。

 だけど希咲さんは俺の長所を活かす方向に鍛えてくれて今のスタイルになった。橘さんには悪いが、今更戦闘スタイルを変えるつもりはない。


 そう伝えようとすると、橘さんの口から意外な言葉が出る。


「しかし……その剣筋には希咲の面影が残っている。お主の剣を橘流と呼ぶことはできんが、その道を進むとよい。あの子もそれで喜ぶであろう」

「……!! はい、ありがとうございます」


 俺は師匠の希咲さんみたいになれるよう、特訓してきた。

 だから師匠の面影が剣に残っていると言われて、胸の奥がじんと熱くなってしまった。俺の歩いてきた道が間違ってなかったと言ってもらえたような気がしたから。


 橘さんはそれだけ言うと、去っていく。

 俺はその後姿に一礼し、堂島さんが待つ会議室に入っていくのだった。

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