第2話 田中、お忍びデートをする
「おぉー! 外だ外! 久しぶりの外だぞタナカ!」
魔物対策省の外に出たリリシアは、テンション高く叫ぶ。
都内なので通行人がたくさんいるが、誰もこちらを注目してこない。どうやらリリシアの付けている認識阻害の魔道具はちゃんと作動しているみたいだ。
リリシアもそれに気づき、にやにやと笑っている。今までずっと家の中だったからな。こうやって外に出れるのは嬉しいだろう。
「ふふふ、誰もわらわに気づいておらんぞ。これは楽しいな」
今のリリシアはいつものエルフ装束ではなく、一般人と同じような格好をしている。
だがリリシアは長身でスタイルが良く、顔も非常に整っているので非常に目立つ。一応キャップを被ってはいるが、そのオーラは隠しきれない。
認識阻害の魔道具がなかったら、一瞬で注目を集めてしまうだろうな。
「よし行こうタナカ! 今日は遊び倒すぞ!」
「そうだな。満足させられるよう頑張ってエスコートさせてもらうよ」
そう言って手を差し出すと、リリシアは眩しい笑みを浮かべ、とても嬉しそうに俺の手を取る。
まさか社畜の俺が姫様のエスコートをする日が来るとはな。人生とはなにが起きるか分からないものだ。
◇ ◇ ◇
「しかし本当に電車でいいのか? 車でも良かったんだぞ」
最寄りの駅についた俺はリリシアに尋ねる。
車の方が色々と楽だと思ったけど、どうやら彼女の考えは違ったようだ。リリシアは立てた人指を横に振り「ちっちっち」と言う。
「甘いぞタナカ。こうやって電車に乗るのもまた、大事な経験なのだ。車は何回か乗ったことがあるが、電車やバスはまだだ。こうしてこの世界の文化に触れることは大事だとわらわは考えておる」
それを聞いた俺は自分の浅はかさを恥じた。
リリシアが外に出たがったのは遊びたいだけではなかった。彼女なりにこの世界のことを知ろうとしてくれていたんだ。
「まだこの世界に来て日が浅いが、わらわはこっちの世界も好きだ。だからもっと知ってもっと好きになりたい。そうすることが二つの世界を繋げる近道であるとわらわは考えている」
「……そうだな。じゃあ今日はその手伝いをさせてもらうよ」
「ああ、頼むぞタナカ」
俺たちは並んで券売機に行く。
リリシアは少し手間取ってはいたが、自分で切符を買えていた。どうやら動画で買い方を学んでいたらしい。勉強熱心なお姫様だ。
「おお来た! これが生電車、竜より大きな鉄がこうも速く動くとはたいしたものだ」
「おい、足元気をつけろよ。危ないからな」
「ふはは! わらわは子どもではないのだぞ? これしきの段差っおわあ!?」
リリシアは電車に乗るところの段差でつまずき転ぶ。
なんとなくそんな予感がしていた俺は、倒れそうになる彼女の前に先回りし受け止める。咄嗟だったのでまるで抱き合うような体勢になってしまって恥ずかしい。リリシアは怒るかもしれないけど不可抗力なので許してほしい。
「っと。大丈夫か?」
「う、うむ。あ、ありがとうタナカ」
リリシアはなぜか静かになり急いで体を離す。
そっぽを向いてしまったので顔は見えないけど、耳は真っ赤になってしまっている。いったいどうしたんだろうか。
「ひとまず座るか。どうした? こっちに座らないのか?」
「わ、わらわは一人で大丈夫だ!」
リリシアはそう言って少し離れた座席に座ってしまう。
なにか気に障ることでもしてしまっただろうか? エルフ心はよく分からないな。
◇ ◇ ◇
「おぉー! パンダだパンダ! 本物のパンダがおるぞタナカ! やっぱり生で見ると可愛いな!」
「おいおい、あんまり走ると目立つぞ」
目当ての動物を見つけ、はしゃぐリリシア。
腕輪のおかげで他の人にリリシアと認識されづらいとはいえ、あんまり目立つと認識されてしまう可能性がある。俺はひやひやするけど、周りの人はくすくすと笑うだけでリリシアと気づきはしない。
大学生がはしゃいでいるくらいに見えているのかもしれない。それはそれで恥ずかしいけど、まあセーフか。
「パンダはそっちの世界にはいないのか?」
「ああ。黒と白の模様の熊がこれほど可愛くなるとは思わなかった。赤と青の模様をした、炎と氷を操る熊ならいるが、それはあまり可愛くないのだ」
「そっちの世界の生き物は基本物騒なんだな……」
異世界の生き物で動物園を作るのは不可能そうだ。
だからこそ彼女には動物園が凄い新鮮で楽しく感じるんだろう。
「タナカ! あれはなんだ!?」
「あれ? ああ、あれはソフトクリームだ」
リリシアが指差したのは、子どもが売店で買ったソフトクリームだった。
外に出たことがないリリシアは食卓に出てくるものしか食べたことがない。たまに星乃が買ってくるアイスは食べたことあるけど、ソフトクリームは食べる機会がなかったか。
「ソフトクリーム……なんとも甘美な響きだ。きっと美味しいんだろうなあ……」
ちら、ちら、とリリシアは物欲しそうな目をこちらに向けてくる。
リリシアは素直に欲しいと言わず、察してほしがることが多い。少し面倒くさいが、彼女なりに甘えていると思えば可愛いもんだ。
「はいはい、買ってやるから味を選びな」
「む! いいのか!? さすがタナカ、我が未来の夫だ!」
誰が未来の夫だ、とツッコむ間もなくリリシアは売店に走る。
本当に元気だな。今まで家に引きこもっていた反動だろうか。俺も小走りでその後を追う。
「味はバニラとイチゴがあるな」
「むう、悩ましいな……これほど難しい二択はそうないぞ……」
ソフトクリームのイラストを見ながらガチで悩むリリシア。
そんなに悩むことかと思ってしまうが、外に出る機会が少ない彼女にとっては、ソフトクリームの味を決めるのはとても大事なことなんだろう。
「悩むならミックスという選択肢もあるぞ」
「ミックス! それは同時に二つの味が楽しめるということか!? なんと贅沢な……!」
リリシアは目をキラキラと輝かせる。
どうやらミックスで決まりみたいだ。
俺は売店のおばちゃんにソフトクリームを二つ注文し、それを受け取る。するとリリシアはなにかに気づいたかのように覗いて来る。
「おいタナカ、りょーしゅーしょはいいのか? 貰い忘れるなとよくアダチに言われてるではないか」
「ん? ああ、領収書はいらない。だってこのデートは仕事じゃないだろ?」
異世界の姫様のエスコートとなれば仕事と捉える人も多いかもしれないけど、俺からしたらリリシアと遊びに来ているだけ。領収書を切って経費にするつもりはない。
「ふうん……そうか。タナカは仕事と思ってないのか。そうかそうか♪」
「な、なんだよ」
「なんでもない♪ さ、次の場所に行くぞ!」
こうして俺はおてんばな姫様に振り回されながら、東京デートをするのであった。
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