第3話 田中、特定される
「ん~♪ おいしい! こんな冷たくて甘いもの、わらわの国にはなかったぞ!」
ベンチに座ったリリシアは、美味そうにソフトクリームをぺろぺろと舐める。
本当に美味しそうだ、買ってよかったな。
俺もその横に座り、同じようにソフトクリームを食べる。久しぶりに食べたけど美味いもんだ。
「それにしても、平和だな……」
俺はリラックスしながら辺りを見渡す。
今日は平日なので人もそれほど多くない。それにリリシアは認識阻害の腕輪をつけてるし、俺も気配を消しているので誰も俺たちのことには気づいていない。
こうやって外でゆっくりする時間もいいもんだ。普段は家でごろっとしてるかダンジョンで忙しくしてるかの二択だからな。
まあ少し離れたところから魔対省の人間が5人ほど俺たちを監視しているんだけど……まあ邪魔はしてこないので無視しててれば無害だ。そもそもリリシアは監視に気がついてないみたいだけど。
などと考えながらソフトクリームを舐めていると、俺はリリシアがスマートフォンに自撮り棒をつけて撮影していることに気がつく。
「ん? なにしてるんだ? 写真を撮るのか?」
「いや、せっかくの思い出だから我が臣民にも共有してやろうと思ってな」
リリシアは自分の視聴者のことを臣民と呼んでいる。
なんでも彼女のDチューブチャンネルはエルフの国の日本支部のような設定らしい。お姫様という肩書を存分に活かしたいい設定だと足立も舌を巻いていた。
まあリリシアからしたら伸ばそうとしてそうしたわけじゃなく、視聴者を楽しませようとしてやったことだろう。さすがは姫様、市民のこと心理をよく分かっている。
「共有って写真をSNSにでも上げるつもりか?」
「いや、それよりも
「…………ん?」
サッと引く血の気。
恐ろしくなりながらリリシアのスマートフォンの画面を見てみると、大量のコメントが流れていた。
"なにこれ!? シャチケンと姫様なにしてるの!?"
"デート中だってよ"
"二人してソフトクリーム食べて、アツアツやん!"
"デート配信助かる"
"姫様普通に外出てて草"
"ここどこ!?"
"背景コンクリの壁だから分からんな"
"特定班いそげ!"
"いや普通に迷惑だからやめろ"
"姫様のデートの邪魔はさせんぞ(血涙を流しながら)"
"姫様が幸せなら俺はいいんだ……"
"そこらの馬の骨が姫様と付き合うのは許せないけど、田中ァなら認めざるをえない……"
既にコメント欄は祭り状態だった。
同接数は10万、20万、50万、100万……と、順調に増えていっている。はは……頭が痛くなってきた。
「リリシアお前なにやってんだ!」
「へ? せっかくのでえとだし喜んでくれるかと思って……」
「でもこれがお忍びだってことは知ってるだろ?」
「じゃ、じゃがどこか分からんようにしておるし大丈夫であろう! さすがにこんな僅かな情報で突き止める者はおらんだろうし」
リリシアはそう主張するけど、あまい。
ネットには『特定班』がいる。少しの情報、建物のほんの一部や背景の山の形で特定してしまう特殊技能を持った人が大勢ネットにいると足立から聞いたことがある。
確かに配信画面にはベンチと建物の壁しか写ってないけど、これだけで特定される可能性は十分ある。リリシアにはもっとネットリテラシーを勉強させるべきだったか。
"確かに特定班をなめすぎ感はあるw"
"姫様をあんまりいじめないで!"
"だけどさすがに無理じゃね? 情報少なすぎ"
"うーん、どうなんだろう"
"厳しいでしょこれだけじゃ"
「ほれ、見ろタナカ。大丈夫だと言っておるぞ!」
"そうだぞ田中ァ!"
"うんうん"
"この日の向きと壁の形。それとさっきちらっと映った柵みたいなのから考えると……もしかしたらあそこかも……w"
"え"
"特定班はっや"
"あー、あそこの動○園かw"
"まじ?"
"伏せ字の意味なさすぎて草"
"都内の動物園なんざ数限られてるぞ"
"おいおい祭りか?"
「だいじょ……う、ぶ? あれ? なんか流れおかしいぞ」
「だから言わんこっちゃない! ほら、配信切って逃げるぞ!」
俺はリリシアのスマートフォンをひったくり、動物園を離れることにする。
まあ見たいところはだいたい見終わったし良いだろう。それにまたいつでも来れるしな。
"あーあ、ここで終わりか"
"特定班よけいなことしやがって!"
"またデート配信待ってます"
"姫様をよろしく!"
"姫様頑張って!"
"泣かせんじゃねえぞシャチケン!"
"よいデートをノシ"
俺はスマホを操作し、デートを応援されながら配信を終了させる。
デート配信は要望が多いけど、やったら野次馬がたくさん集まってしまうのですることができない。まあそもそもそんな陽キャ行為、恥ずかしくてあまりやりたくないんだけど、星乃と凛はやりたがるんだよなあ……若いって凄い。
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