第十一章 田中、姫様とデートするってよ

第1話 田中、デートをねだられる

 東京湾海底ダンジョンから帰還し、一週間の時が経った。

 あの時は大変だったが、帰ってからは平和な毎日を過ごしている。


 魔物災害を止めたことで凛とともに国に表彰されたりはしたが……それくらいだ。

 後は凛との一夜以降、星乃と天月の俺に対する視線が変わったくらいか。なんか肉食獣に狙われているような視線を感じる。隙を見せたら襲われそうで、へたなモンスターより怖い。


 だけど他は本当に問題なく、平和だ。

 逃走した須田もなにもしてないみたいだし、大きな事件は起きていない。もうどっかの国に逃げたんじゃないだろうか。さすがのあいつも指名手配された身で目立つような真似はしないだろう、たぶん。


 というわけで俺はいつも通り平和に昼食を食べていた。

 すると突然、同居人の一人がバンと机を叩いて立ち上がる。


「決めた! わらわとでえと・・・するぞタナカ!」

「……へ?」


 突然の言葉に俺は間の抜けた返事をする。

 急にデートの提案をしてきたのは我が家に住む居候エルフのリリシアだ。彼女は俺の作ったパスタをもぐもぐと咀嚼しながらドヤ顔する。

 ちゃんと食べきってから喋れ、本当にお姫様だったのか? なんか最近どんどん自堕落でぐうたらになってる気がする。

 ポテチを食いながら動画見てるところを元の世界の仲間に見られたら幻滅されるぞ。


「どうしたんだ姫さん? 急にデートなんて」


 呆れたような顔をしながらダゴ助が尋ねる。

 今食卓を囲んでいるのは俺とリリシアとダゴ助の三人。星乃は大学だし、討伐一課組は仕事だ。

 居候の異世界人組と仕事がない日は無職な俺だけが家でのほほんとしている。


「わらわも外に行ってみたいのだ! ずっと家に引きこもっているのだ、そろそろいいであろう!」

「そう言われてもなあ……」


 リリシアとダゴ助は保護してから基本ずっとこの家の中にいる。外に出ることは基本的に許可されていない。二人は貴重な異世界人、外に自由に出たらマッハで拉致されるだろうからな。


 インターネットの使用は制限されてないので、こっちの世界のことを色々見れているみたいだけど、そのせいで外に行きたい欲が刺激されてるのかもしれないな。


「凛とはこの前水族館でえとをしていたではないか! 凛ばっかりずるいぞ! わらわも行きたい!」


 それを言われると弱い。

 確かにずっと家の中にこもっていると健康にも悪い。リリシアには異世界のことを知るために色々協力してもらっているし、それのご褒美をあげてもいいかもしれない。


「分かったよ。堂島さんに聞いてみるから暴れるな」

「ほんとか!!」

「ああ。だけど許可は出るかは分からないぞ? 俺に許可を出す権利はないから聞くだけしかできないからな」

「それでよい! 感謝するぞタナカ!」


 リリシアはぱっと明るい笑顔を見せると抱きついてくる。

 すると必然的に俺の顔は彼女の大きな胸に沈没することになる。もし俺に深海に対応できる肺活量がなければ窒息死していたであろう。


「まずは浅草と上野だな。お寺や神社も行ってみたいぞ! どこかですいーつ・・・・なるものも食べてみたいな!」


 上機嫌にデートプランを話すリリシア。

 期待を持たせて落とすようなことはしたくない。できるだけ頑張って交渉してはみるけど……果たしてどう転ぶだろうか。


◇ ◇ ◇


「よいぞ、お姫様には思う存分羽根を伸ばしてもらうとよい」

「……え? いいんですか?」


 堂島さんの返事に俺は間の抜けた返事をする。

 まさかこんなに簡単に許可が出るとは思わなかった。俺は伊澄さんが出してくれた美味しい日本茶を啜り、本当にいいのか確認する。


「本当にいいんですか? 聞きに来てなんですが、色々危ないと思うんですが」

「リリシア殿は我々によく協力してくれておる。その恩に報いるためにも彼女の要望であるなら極力叶えてやりたいと思っておる。まあもちろん、外出するならそれ相応・・・・の対策をするがな」


 堂島さんは机の中からなにかを取り出すと、俺の方にそれを投げてくる。

 俺はそれをキャッチし、確認する。


「これは……腕輪?」


 それは金属製の腕輪だった。

 シンプルなデザインの銀色の腕輪。見た目は普通の腕輪にしか見えないが、俺はそれが普通の物ではないと気づく。


「ほんのり魔素を感じる……もしかして魔道具ですか?」

「左様。認識阻害の効果を持つ腕輪じゃ。それほど強力な効果があるわけではないが、一般人ならリリシア殿と気づかなくなるじゃろう」


 認識阻害効果のある魔道具を装備すると、なんとなく人がいることは自体は認識できるが、その人が誰なのかまでは注目されなくなる。

 ある程度強い覚醒者ならその効果を無効化できるけど、普通の人が看破するのは不可能と言っていいだろう。


「へえ、こんな物を持ってたんですね。認識阻害の魔道具は結構レアですよね?」

「これは魔導研究局が作ったものじゃ。リリシア殿が使うことがあるかと思って一個貰っておったのだ」

「これを牧さんが? 凄いな……」


 牧さんが色々怪しい物を作っているのは知ってたけど、こんな物まで作れるようになっていたとは知らなかった。

 ネロ博士という人材も手に入れた今、あの人の魔導技術力は間違いなく世界一だろう。これからどんな物を開発してしまうのか少し恐ろしくもある。


「そういえば俺の分はないんですか? 俺が見つかったらリリシアも見つかってしまうかもしれませんが」

「お主は自分の気配を消せるじゃろ。この前絢川と逢瀬おうせした時は二人ともそうしたじゃろう」

「まあそうですが……って、なんで堂島さんまでデートのこと知ってるんですか」

「細かいことは気にするな! 仲がよいようで結構!」


 がはは、と笑う堂島さん。どうやら俺と凛の水族館デートは既に魔対省に広がっていると考えてもいいみたいだ。

 いやまあ学生じゃあるまいしデートしたことが広がっても別にいいんだけど……微笑ましい目で見られると恥ずかしい気持ちがある。俺にプライベートはないのか。


「それと悪いが外に行くときは魔対省から見張りの者も出す。少し離れたところから監視させてもらうぞ。お主が側にいる限りは危険などないだろうが、そうしないと色々文句を言われるからのう」


 はあ、と堂島さんはつまらなそうにため息をつく。

 本当ならリリシアに思い切り羽を伸ばしてもらいたいのだろう。だけど魔対省大臣という立場上、リリシアにあまり自由にさせると追求されてしまうんだろう。つくづく組織というのは大変で窮屈だ。


「分かりました。それで構いません」

「悪いな。ではこちらも人員を調整し、日程が決まったら連絡する」


 その言葉に同意した俺は、堂島さんの部屋を後にする。

 さて、何事もなく終わればいいけど。

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