第13話 田中、襲われる
俺たちが脱出したあと、海底ダンジョンの調査が行われたが、どうやら無事ダンジョンの破壊は成功していたらしい。
念の為周辺海域の調査がされたが、モンスターの姿は発見されなかった。どうやらちゃんとダンジョンコアは破壊されたようだ。
魔物災害も起こっていない、今回の探索は大成功と言っていいだろう。
ダンジョンで出会ったあいつらも、無事地上に連れ帰れたしな。
「へ、へへ。お久しぶりです、クトゥルー様……」
『いあ』
手もみをしながらダゴ助が挨拶すると、邪神は興味なさそうに返事をする。
俺たちが今いるのは魔導研究局の地下。そこに作られた巨大な水槽に邪神は入れられた。リリやダゴ助と違い邪神はでか過ぎる。
精神汚染効果も強いので俺たちと一緒に住むことは困難と判断して、ここで生活することになったのだ。
少し窮屈そうではあるが、リリがたまに来ることを条件にそれを了承してくれた。
こいつがオタクで助かったな。
「素晴らしい! 体内構造が既存のどの生物とも異なるし、魔素の周波数も初めて見るパターンだ。さすが邪神、調べ甲斐があるねえ……」
目をガン開きしながら興奮した声を出すのは、魔導研究局の局長、牧さんだ。
この人、邪神をもう自分の実験動物だと勘違いしてないか? あくまで保護が第一目標で危険な実験は禁止されてるはずだけど。
彼女の圧に押されてか、邪神も「る……」と少し引いている。邪神を引かすな。
「牧さん。邪神の嫌がることはしないで下さいよ」
「ふふ、分かってるよ田中クン。ところで薬品をぶっかけるのはセーフだったよねえ?」
「……堂島さんに連絡しますよ?」
「ハッハッハ! 軽いジョークじゃないか。しないよそんなこと……たぶんね」
意味深に笑う牧さん。この人本当に大丈夫か?
はあ……心配だけど、邪神を預けられるアテは他にない。まあ堂島さんを裏切ってまで変なことはできないだろう。今はこの人を信じるしかないか。
「ところでネロ博士はどうしているのですか?」
「彼には私の研究成果を見てもらっている。彼の脳内の知識と理論に齟齬があるかの確認だ。異世界とこちらの世界で物理法則の違いがあるかもしれないからねえ。そのすり合わせが終わったらあちらの世界のことを色々尋ねるつもりだよ。ふふ……待ち遠しいねえ」
ネロ博士も魔導研究局で預かってもらうことになった。
牧さんとネロ博士はよく似ている。牧さんなら博士の言っていることも理解できるだろうし、異世界のことを色々解明してくれるだろう。
「それにしてもなんで異世界とこっちの世界が繋がったんでしょうね。博士の話でそこら辺も分かるといいんですが」
「へえ、そんなことが気になるのかい」
「え? 牧さんは気にならないんですか?」
興味なさそうな反応をする牧さんに、俺は驚く。
てっきり彼女はかなり気になっていると思っていたのに。
牧さんは煙草の煙を揺らしながら、本当に興味なさそうに言葉を続ける。
「どうやって二つの世界が繋がったかは興味あるが、その理由については1ミクロンも興味ないね。理由など偶然か人為的かの二択。偶然であればそこに理由などないし、人為的であるならそれは金、資源、宗教的理由……と、こんなつまらない理由だろう。そんな無駄な情報、私の脳に入れたくない」
けっ、と牧さんは吐き捨てる。
二つの世界を繋げたのが人間なら、確かに理由はそんなところか。それなら確かに牧さんは興味ないだろうな。
「ま、理由はつまらなくてもおかげで面白いものを研究できるようになった。犯人がいるなら一度くらい礼を言ってやってもいい」
「……それは不謹慎じゃないですか?」
「ハハッ、メディアの前では言わないさ。さすがの私にもそれくらいの分別はある」
牧さんはけたけたと笑う。
うーむ、信用できない。この人研究以外は適当だからな。
「ま、だから私は理由なんて興味はない。2つの世界がもっと深く繋がった時にどうなるのかは興味津々だけどね」
「やめてくださいよ。これ以上仕事が増えるのはこりごりです」
「間違いない。その時は君もたくさん働くことになるだろうからねえ」
楽しげに笑みを浮かべる牧さん。
はあ……ダンジョンができただけでも大変なんだ。頼むからこれ以上変なことにはならないでほしいもんだ。
◇ ◇ ◇
「あ゛ー、疲れた」
深夜。家に帰った俺は、2階にある自室のベッドに寝転がる。
ダンジョンから脱出して2日経つけど、今まで事後対応に追われてゆっくり寝ることができなかった。
「だけど明日は休み。やっとたくさん寝れる……」
斬業モードの疲れは結構後まで残る。
明日はゆっくりと休んで英気を養うとしよう。
「ふあ……ねむ……」
目を閉じて、深い眠りに落ちていく。
そしてそのまま意識を手放そうとした瞬間、ゆっくりと体になにかが乗る感触を感じて、意識が覚醒する。
「んあ?」
目を開けると、寝ている俺の体にまたがっている人の姿が目に入る。
いったい誰が。目をこらしてその人物を見てみると、俺に乗っているのはよく知っている人物だった。
「……凛か?」
「はい。お帰りなさい、先生」
もう夜も更けているので寝ていると思ったけど、どうやら起きていたみたいだ。
どうやら俺が帰ってきたことに気づいて部屋に入ってきたようだ。
「遅くまでお仕事お疲れ様です。すみません、私の分まで後処理をしていただいて……」
「気にしないでいい、凛の方がダメージが大きかったしな」
そう言って凛の頬に手を伸ばすと、彼女はまるで猫のように手に頬をこすりつけて甘えてくる。なんだこの可愛い生き物は。
凛は酸欠で一度意識を失っている。脳にダメージを負っている可能性もあるので精密検査をしてもらっていた。
だから俺は彼女の分も、邪神やネロ博士の対処をしていたのだ。
「わざわざ来てくれてありがとう。でももう遅いし寝たらどうだ? それとも眠れないのか?」
そう尋ねると、凛は黙ってしまった。俺の上にまたがったまま、降りる気配がない。
どうしたんだ? やっぱり寝れないのか? それともなにか言い出せないことでもあるんだろうか。
しばらく待っていると、凛はゆっくり口を開く。
「……酸欠で意識を失った時、私は本当に死んだと思いました」
実際あの時凛は危険な状態であった。
いくら体が頑丈でも、酸素を失ったらどうしようもないからな。
「その時に私は後悔しました。私にはやり残したことが色々あるのに……なぜもっと自分から行動しなかったんだろうと」
「そうか……」
後悔のない人生を送るのは難しい。
いったいなにを後悔したのかは知らないけど、突然死の危険を感じれば多くの人が同じように後悔するだろう。
「はい、私は後悔しました。まだ先生に身を捧げていないのに……と」
「そうか…………ん?」
今なんか変なこと言わなかったか?
身を捧げてないのにとかなんとか聞こえて気がするけど、気のせいだよな?
「先生と婚約できたというのに、私たちの関係は進展していません。このままでは死んでも死にきれません」
「いや、ちょっと待ってくれ。ほら、まだ凛は若いし……」
「優しくしてくださるのは嬉しいですが、先生が決心つくのを待っていてはおばあちゃんになってしまいます。なので申し訳ありませんが実力行使させていただきます」
「え、え」
「安心してください、姉さんと唯には許可をいただいておりますので」
「え、え、え」
戸惑う俺をよそに、凛は少しづつ服をはだけさせながら顔を近づけてくる。月明かりが照らすその顔はほんのり紅潮している。
ひよった俺は逃げようとしてしまうが、この状態で無理やり逃げようとすると凛を傷つけてしまう恐れがある。精密検査を受けたとはいえ、ダンジョン帰りの彼女を傷つけるわけにはいかない。
結局俺はなすがままそれを受け入れてしまう。
「あの、せめて優しく」
「お断りいたします……♡」
……こうして俺と凛の夜は熱く更けていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます