第6話 田中、邪神と殴り合う

『る……!?』


 まさか自分のパンチが止められると思っていなかったのか、邪神は困惑したような声を出す。

 相手は拳に体重を乗せて俺を押しつぶそうとしてくるが、俺は水面をしっかりと踏みしめ拳を押し返す。


"邪神くん困惑してて草なんだ"

"クトゥルフ「こわ……なんで死なないんだよ」"

"それはそう"

"視聴者もわかってない定期"

"ていうかなんで普通に水の上立ってるの? チャ○ラ使えるの?"

"シャチケン忍者説"

"[悲報]物理法則、壊れる"


『るるっ! るるっ! るるっ!!」


 邪神は怒ったように何度も何度も拳を振り下ろしてくる。

 はは、凄い力だ。当たる度にダンジョンがずん、と揺れている。油断していたらやられてしまいそうだ。


「さて……そろそろこっちの番だ」


 俺は空いている左拳を握り、邪神の拳を殴り返す。

 すると相手の腕は勢いよくはじけ、邪神は体勢を崩す。


『いあ!?』


 水をかいてなんとか体勢を立て直そうとする邪神。

 俺はその隙をついて相手に接近し、その大きな顔の中心部を殴り飛ばす。


「ほっ」


 ずむゅ、という独特な音と共に邪神の顔面が思い切りへこみ、後ろに倒れる。

 触った感触はクラーケンに似て軟体動物っぽい。しかしその密度と重さはクラーケンとは比べ物にならない。

 ずっしりと重く、中がかなり詰まっている感じだ。吹き飛ばすつもりで殴ったのに後ろに倒すことしかできなかった。


 俺は倒れた隙に邪神の両足をつかむ。

 そしてその場でぐるぐると横に回転し、遠心力をたっぷりつけて邪神を投げ飛ばした。


「そいっ!」

『るあ!?』


 結構な勢いで飛んだ邪神は、壁に激突した後、水面に叩きつけたれる。

 ふう、気持ちがいいな。


"クトゥルフくん投げられてて草なんだ"

"ジャイアントスイングやんけ!"

"邪神にプロレス技をしかける男"

"規模感がおかしい"

"痛そう(小並感)"

"映像越しでも少しSAN値削られるのになんで触れるんだよ(引)"

"社畜生活で耐性がついたんでしょ"

"仕事はコズミックホラーより恐ろしいのか……働くの怖くなってきた"


『るるる……おおっ!!』


 起き上がった邪神は、口元の触手をうねらせながら吠える。

 言葉は分からないけど、怒っていることは分かる。投げられたことでプライドを傷つけられたのだろうか。邪神も感情表現は普通の生き物と変わらないようだな。


『るるっ!!』


 邪神はその巨体に見合わぬ速度で再び俺を殴ってくる。

 俺は防御ガードしたが体重差のせいで後ろに吹き飛ぶ。すると邪神は翼を羽ばたかせ、高速で追ってくる。


「あの翼、飾りじゃなかったのか」


 なんてことを呟きながら俺は水面に足をこすりつけながら減速し、着地する。

 そしてこちらに突っ込んでくる邪神めがけて駆け出し跳躍、お返しとばかりにその胴体に飛び蹴りを打ち込む。


『ぶお……っ!?』


 相手の勢いも利用したその一撃の威力は高く、邪神の巨体は後方に吹き飛び、着水。ざっぱぁん!! と大きな水しぶきを上げる。


"めちゃくちゃ過ぎるww"

"これが怪獣大戦争ですか"

"なんで邪神と素手でやり合えてるの?"

"答え、シャチケンだから"

"邪神とも拳で語り合える"

"スケール感おかしくて頭痛くなってくるわw"


『るる……そ……』


 いい一撃が入ったはずだけど、邪神は立ち上がってくる。タフな奴だ。

 さすがランクEXⅢ。並のモンスターとは頑丈さが段違いだ。


「もう少し楽しみたい気分はあるが……あまり長引かせるわけにもいかないか」


 俺は剣を抜き、構える。

 今の数度のやり取りで、相手の力量や行動パターンはつかめた。脳筋と思われるかもしれないが、相手の情報を知るには拳で殴り合うのが一番分かりやすい。


「行くぞ」


 剣を横に構え、駆け出す。

 すると邪神は口元に生えている無数の触手を伸ばし、攻撃してくる。


"うわっ"

"きもすぎる"

"ヴォエッ!"

"あれ捕まったらやばそう"

"SAN値直葬不可避"

"グロ注意"


 触手は俺を捕まえようと一斉に襲いかかってくる。

 しかしこの程度では俺を止めることはできない。


「橘流剣術、花籠はなかご


 目にも止まらぬ速さで剣を振るうと、俺の周囲を守るように刃のかごが形成される。

 それは近づく触手を一瞬で細切れにし、俺への接近を許さない。


"すごっ!!"

"マジで速すぎて見えない"

"どうなってんだよ……"

"守りの技か? これ"

"守りの技にしては殺意が高すぎるww"

"邪神くんがどんどん粉微塵になってく……"


 花籠で触手を蹴散らした俺は、一気に邪神に接近する。

 邪神はそれを阻止しようと触手や鉤爪で応戦してくるが、どれも動きが単調なので対処はたやすい。全て回避し剣閃を放つ。


「我流剣術、裂空れっくう


 高速で剣を振るうことで生まれる、巨大な風の刃。それが邪神の胴体を深く傷つける。

 傷からは青黒い血がボタボタと流れ落ち、水に溶けていく。見るからに有害な見た目をしている。あまり触りたくはないな。


"斬った!"

"うおお!!"

"やったか!"

"勝ったな、飯食ってくる"

"フラグ立てるな!!"

"うへ、痛そう"

"邪神にも血は流れてるんだな"


『ぶううぅ……おおぉ……っ!!』


 邪神は傷を押さえながら痛そうに呻く。

 しかしその傷はしゅうう、と音を立てながら瞬く間に再生していく。どうやらショゴスと同じく高い再生能力を持っているみたいだ。


 あの時はコアを見つけ出し、それを壊すことで倒すことができた。

 今回はどうしようかと思っていると、邪神は突然口の中に手を突っ込む。


『うう、おおえ……っ』


 そして口の中からなにかを取り出した・・・・・

 それは長さ10メートルはある、太い円柱だった。なにでできているのか分からない半透明の円柱、それを二本出して見せた。

 いったいこいつはなにをしようとしているんだ?

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