第4話 田中、触手と戦う

"なにこいつ!?"

"キッッッッショ"

"これがボス!?"

"まじでなんのモンスターなんだこれ"

"またクラーケンか?"

"クラーケンもこんなに足多くないでしょ"

"ていうか緑色してるしな"

"きもすぎる、一旦離席するわ"


 水中より突然現れたその触手(?)たちは、俺たちにその先端を向けてくる。

 どうやら完全に狙いをつけられているみたいだ。


 俺と凛と堂島さんはネロ博士を守るように背中を合わせて、触手と相対する。


「はあ、なんか最近変なモンスターとばかり戦っている気がするな……」

「先生のお役に立たないと……」

「ははっ、面白くなってきたのう!」


 三人が戦闘準備を終えるのと同時に、触手が襲いかかってくる。

 俺は剣を抜き放ち向かってくる触手をスパスパと切り落としていく。切れた触手はしばらくうねうねと動くが、しばらく経つと動きが止まる。

 斬撃は有効みたいで安心したけど、触手は切っても切っても水中から現れる。これじゃあ、きりがないな。


「くっ……!?」


 声の方を見ると、凛が触手に捕まっていた。

 触手の表面はぬめついていて、凛の服にそれがついてしまっている。なんだろう、見てはいけない気持ちになってくる。


"エッッッ"

"うっ"

"ふう……"

"いい仕事するやん"

"前にも見た気がする"

"ノルマ達成"

"おまわりさんこいつらです"


「この……! 放出ディスチャージラーム!」


 凛の体から雷は放射状に放たる。

 どうやら電気は有効なようで、触手はそれを嫌がり逃げる。

 凛は触手から抜け出すことができたが、その攻撃は決定打にはならず表面が焦げる程度だ。これじゃあ無数の触手をどうにかすることはできない。


「こじゃあジリ貧じゃのう。田中、なにかいい案はないか?」

「そうですねえ……」


 このまま地上で戦っても埒が明かない。

 このモンスターの正体は分からないが、触手の根本にはきっと本体があるはず。それをどうにか引きずり出して叩く必要がある。


 一番手っ取り早いのは潜って本体を叩くことだが、それは最後の手段に取っておきたい。できることなら地上で相手をする方が楽だからだ。となると……


「よし、あれを使おう」


 俺は一旦触手の相手を二人に任せて、ビジネスバッグをあさる。

 そしてその中からある物を取り出す。


「おい田中、それって」

「はい、さっき使った釣り竿・・・です」

「釣り竿って……お前まさか釣るつもりか!?」

「はい。そのつもりです」


 俺は驚く堂島さんを尻目に釣り竿に餌を付け始める。

 さっき取ったクラーケンの身が余っている。これを使うとしよう。


"はいじゃないがw"

"さっき釣れなかったの引きずってない?w"

"釣りリベンジだな"

"このボス絶対デカいけど釣れんのかよ"

"相変わらず発想が人類の斜め上だなw"


 俺の釣るという案を聞いた堂島さんは少し悩むが、他にいい案が思いつかなかったのかそれを承諾してくれる。


「分かった! お前に任す!」

「ありがとうございます」


 許可を得た俺は釣り竿を構える。

 そして触手の出現頻度が高い位置めがけて、俺は針を投下する。


「えいっ」


 針は俺の狙い通りの位置にぽちゃんと落ちる。

 ゆっくりと沈んでいく針と餌を見ながら、俺は釣り竿に神経を集中させる。


「田中! 長くは持たんぞ!」

「静かにしてください堂島さん。釣りは集中力が必要なんです」

「お主覚えとけよ!」


 後ろでドタバタと戦う音が聞こえてくるが、俺は意識を釣り竿に全集中する。

 ミスってしまえば獲物は警戒して食いつかなくなるだろう。チャンスは一回だ。


"めっちゃ集中してて草"

"釣りしてる後ろで触手と戦ってる絵面、シュールすぎない?"

"田中ァの配信はいつもこんなんだろ"

"確かに……w"

"大物釣れよ田中ァ!"


 釣り竿に神経を集中し、体の一部とする。

 手から竿、竿から糸、そして糸から針先まで意識を行き渡らせる。


「……来る」


 針先に近づいてくる気配を察知する。

 それは大きな口を開け、クラーケンの身がついた針に……食いついた。


「来たっ!」


 俺は竿を強く掴み、リールを巻く。

 高速で糸が引かれ竿が大きくしなる。これは大物だぞ。


"かかった!"

"まじかよ"

"本当に釣れるんだ……w"

"クラーケンが美味しいことが証明されたな"

"なにが釣れるんだろう"

"竿のしなりえぐくて草"

"てか竿やばくない? 折れそう"


 順調に糸を巻けてはいるが、竿が重量に耐えきれずミシシ……と音を立ててきしんでいる。ダンジョン産の素材を使っているとはいえ、相手が少々重すぎたようだ。

 しかし今は補強している時間はない。折れないように気を配りながら糸を巻いていくが、


「あっ」


 バキィッ! と豪快な音を立てて竿が折れてしまう。


"あっ"

"あ"

"まじか"

"折れた!?"

"やばくね?"

"せっかく釣れたのに!"


 やっと釣れたのにこのままじゃ逃げられてしまう。

 俺はとっさに釣り糸を直接つかむ。

 糸はつるつるしてつかみづらいけど、今は贅沢は言っていられない。糸を巻いて持ち、直接釣ることにする。


"ええ!?"

"その手があったか"

"どの手だよ"

"普通の人じゃ手が千切れるぞ"

"見た目だけなら投網してるみたいだ"

"解決手段が物理過ぎるww"

"シャチケンはいつもそうだろ"


 よいしょよいしょと糸を引いていくが、これだと中々釣り上げることができない。

 もっと時間を短縮する方法は……そうだ、


「こうすればいいのか」


 俺は両腕を胸の前に出し、ぐるぐるとリールのように高速で巻く。

 すると腕に糸が絡んで、どんどん巻かれていく。これは楽だ。


"またなんか変なことしてる……"

"いー◯ーまきまきじゃん"

"懐かしっ"

"子供の頃やったはww"

"手遊びするな!"


 巻けば巻くほど糸の重みはどんどん増していく。

 すると水中に大きな影が見え始める。どうやらもう水面ギリギリまで引き上げられたみたいだ。俺は両手で糸をがっちりつかみ、一気に引く。


「ふんっ!」


 すると次の瞬間、ざぱあ! という大きな音と共に、巨大な影が姿を現す。


「おわっ。こいつは……なんだ?」

『るる……いぃ……!』


 低くくぐもった声を出す謎の生き物。

 そいつを形容するなら頭部がタコの形をした、人型のモンスターだ。体色は緑色、背中からは翼が生えていて、手足には鋭い爪があり、口元にはたくさんの触手のようなものが生えている。

 そしてなによりデカい。そこらのドラゴンよりよっぽど大きいぞこれは。30メートルは超えてそうだ。


 こいつはいったいなんてモンスターなんだ?

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