第16話 田中、奥の手に出る

 俺は手慣れた動作で釣り竿を動かし、ダンジョンワームのついた針を水の中に入れる。

 餌の鮮度はいい、後は精神を集中しながら獲物がかかるのを待つだけだ。


 モンスターは警戒心が高い、焦らずじっくりと待つとしよう。


「おっ、さっそくかかったわい」

「え」


 長期戦を覚悟していたのに、堂島さんの竿がもうしなり始める。

 この引きはなかなか強い。どうやらそこそこ大きなのがヒットしたみたいだ。


"はっや"

"こんなに簡単に釣れるもんなんやな"

"めっちゃ引いてるw"

"普通の人間だったら腕もげそうだなw"

"大臣の竿使い上手いな(意味深)"

"釣り配信も見てておもろいわ。定期的にやってほしい"


 堂島さんは器用にリールを巻いていく。

 そして獲物の力が弱まった隙をつき、一気に竿を引く。


「ふんっ!!」


 ざぱあ! という音とともに水中から大きな魚が姿を現す。

 その体長は少なくとも二メートルは超しているだろう。釣れるサイズの中ではかなり大きめの部類だろう。

 堂島さんはその大きな魚をがしっとキャッチすると嬉しそうに笑う。


「はっは! こりゃあかなりの大物じゃのう! 食うのが楽しみじゃわい」

「ぐぬぬ……」


 俺はその様子を見ながら歯噛みする。

 予定では俺のほうが先に釣るつもりだったのに、先を越されてしまった。全国配信しているのにあまりみっともないところを見られるのはまずい。頑張らねば。


"シャチケン悔しそうでかわいい"

"てか殺気やばいなw 魚逃げるぞw"

"魚「なんかやばいのいる……近寄らんとこ」"

"凛ちゃんも心配そうにしとる"

"いつもと違って一人じゃないから調子出ないんかな?"


 その後も俺は場所を変えたり餌を変えたりしたが、なかなかヒットしなかった。

 その間にも堂島さんは大きな魚を三匹も釣り上げてしまった。このままでは俺は一匹も釣れないままだ。

 別に勝負をしているわけじゃないけど、このままだと凛も俺に愛想を尽かしてしまうかもしれない……なんとかしなければ。


「……よし」


 あることを決意した俺は、釣り竿を置く。

 すると堂島さんがそれに気づいて「お?」と声を出す。


「どうした田中。もうやめるのか? まあ今からわしに追いつくのは難しいかもしれんが……」

「なに言ってるんですか、違いますよ」

「む?」


 首を傾げる堂島さんをよそに、俺はスーツに手をかける。

 そして一瞬でスーツを脱ぎ去り、再び水着姿(ネクタイ着用)になる。


「釣り竿の調子が悪いみたいですので、潜って獲ってきます。堂島さんは待っててください」

「な!? おい、それはありなのか!?」


"草"

"ゴリ押し過ぎる"

"釣りとはなんだったのか"

"確かにシャチケンなら潜ったほうが早そうw"

"これもう黄◯生活だろ"

"魚「本当に来ないで」"

"生態系崩壊のお知らせ"

"Q.魚が釣れません、どうしたらいいですか? A.潜って捕まえましょう"

"そんなことできんのは魚より速く泳げるお前だけだよ……"

"田中ァ! 水着似合ってるぞォ!"

"目は死んでるのに体バキバキなのたまらん"

"スクショ10000000000000000000回した"


 なにやらコメントが盛り上がっているが、あえて無視する。

 大人げないと言われているかもしれないが、それでもやらなければいけない時があるのだ。


「あの、先生。そこまでされなくても……」


 凛が申し訳無さそうに話しかけてくる。

 なんだかちらちらと俺の胸筋や腹筋を見ている気がするけど気のせいだろう。


「少しだけ待っててくれ。大物を捕まえてくる」


 俺は凛にそう言うと、剣だけ持って水の中に入る。

 外からは小さめの湖って感じに見えたけど、思ったより深いな。これなら中々釣れなかったのも無理はないな、うん。


"結構中広いな……"

"水の中ってなんか怖いわ"

"てか一人で入って大丈夫?"

"大丈夫じゃないやろな、普通は"

"シャチケンだから大丈夫でしょ"

"あれ、なんか今下の方でなにか動かなかった?"


「ん?」


 しばらく潜ると、さっそく獲物がやってくる。

 中型の海竜、シーサーペントだ。こいつは蒲焼きにすると美味いんだよな。


"シーサーペントじゃん、かっこよ"

"この後昼食になるんだよね……"

"シーサーペントくん逃げて!"

"こいつかなり厄介なモンスターなはずなんだけど、憐れみしか感じないな"

"シャチケンからしたら鰻みたいなものでしょ"


『ジャア!!』


 シーサーペントは大きく口を開くと、牙をむき出しにして襲いかかってくる。どうやら俺を一呑みにするつもりらしい。

 俺はギリギリまでそれを引き付けると、噛みつかれる寸前で水を蹴り回避する。

 そしてシーサーペントの頭上に回り込むと、脳天に剣を勢いよく突き刺す。


「えい」

『ジャアッ!?』


 急所を貫かれたシーサーペントは、大きな声を上げて絶命する。

 よし、これで食材ゲットだ。これだけ大きければ堂島さんの魚にも勝っているだろう。


"瞬殺で草"

"シーサーペント「出番数秒で草」"

"草生やしとる場合か"

"獲ったどー!"

"シーサーペントくん、惜しいやつを亡くした……"

"おかしいな、結構強いモンスターのはずなのに"

"相手が悪かったよ……"


ぼびよしぼぼるば戻るか


 無事食材をゲットした俺は、シーサーペントを持ったまま帰ろうとする。

 すると突然下方から大きな魔素を感じた。この魔素量……少なく見積もってもSランクはありそうだ。


ぼうほうぼべばぼうぼぼばばこれは大物だな


 水底にうごめく巨大な影。

 その黒い体に浮かび上がったのはこれまた大きな二つの目玉。その虚ろな目玉は完全に俺を捉えている。どうやら完全にロックオンされたみたいだ。


"でっっっか"

"なにこいつ!?"

"怖すぎる"

"わああああ!?"

"ホラー過ぎるだろこれ!"

"逃げてシャチケン!"

"これってもしかしてタコ!?"


 現れたのは無数の長い足を持つ、巨大な軟体動物。

 一言で言い表すならば『巨大なタコ』だ。その大きさは数十メートル級。小型船なら簡単に海に沈み込めるほどだ。


 このモンスターの名前は『クラーケン』。

 水棲モンスターの中でもかなり厄介な部類のモンスターだ。

 こいつの足は焼くと香ばしくて美味かった記憶がある。出会って早々で悪いが、食材になってもらうとしよう。

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