第15話 田中、釣りをする

「ダンジョンで釣り……ですか? そのようなことが可能なのですか?」


 釣りの準備をしていると、凛が不思議そうに尋ねてくる。

 そうか、普通の探索者は釣りなんてしないか。わざわざ水の中にいるモンスターと戦いたがる人も少ないしな。


"確かに釣りしてるダンジョン配信なんか見たことない"

"モンスター釣れる釣り竿なんか売ってないしなw"

"水竜とか釣れたりして"

"釣りって相手を食材とみなしてないと出てこない発想だよなw"

"モンスターは食材"

"あの、モンスター食べるってさすがに嘘ですよね……?"

"初見くんも戸惑っとる"

"まあ俺も初見の時はビビり倒したし無理もないww"


「基本的にダンジョンのモンスターたちはお互いを攻撃しない。だが相手が弱ってたら別だ。自分の魔素を補充するためにそのモンスターを捕食することもある。だから餌となるモンスターを弱らせておけば釣ることができるんだ」

「なるほど……」


 釣りをすれば普段は出会えない珍しいモンスターと出会えることがある。

 まだ知らない味を食べられるのも嬉しいし、なにより釣りという行為自体が楽しい。仕事を辞めたら趣味にしてもいいくらいだ。


「釣りはいいぞ。モンスターとの戦いとは違ってゴリ押しじゃ上手くいかないところがいい。集中して我慢して一気に釣り上げた時、とても気持ちがいいんだ」

「そうなんですね……今度私もやってみたいです」

「いいんじゃないか? 今日はゆっくりやる暇はないけど、今度の休日にでも教えようか?」

「――――っ!?」


 凛は驚いたようにビクッと体を震わせる。

 あれ、嫌だったか?


「いや無理に来なくてももちろんいいぞ。凛も忙しいだろうし」

「いえ行きます。絶対に」

「そ、そうか」


 食い気味に詰め寄られ、俺はたじろぐ。

 なんなんだこの圧は。凛の考えていることはまだ理解しきれない。


"しれっとデートの約束取り付けてて草"

"いいじゃん釣りデート、配信してくれ"

"楽しそうに釣りしているシャチケンをずっと隣で嬉しそうに見ている凛ちゃんの映像が頭に浮かんだ"

"いいねそれ"

"リア充爆発しろ"

"爆発効かない定期"

"二人とも爆発したくらいじゃ釣り続けてそうw"

"この夫婦強すぎる……"


「次は餌か。さっき捕まえたこいつを針に刺して、と」

「ひっ」


 凛は俺が持ち上げたそれを見て、声を上げる。

 俺が餌として選んだのは、さっき少し席を外した際に捕まえた『ダンジョンワーム』だ。巨大なミミズのような姿をしているこのモンスターは、普段は岩の下や土の中にいる。

 強さはスライムと同じく最弱のE。

 危険を感じると体の先端から溶解液を発射することがあるが、遅いし威力も弱い。

 覚醒者でなくても銃器を持っていれば倒せる程度の強さだ。


"きもっ!"

"ひいっ"

"おえーーー!"

"グロ注意"

"まだ生きてんじゃん。めっちゃうねうねしてる"

"固まってる凛ちゃんかわいい"

"虫系は駄目なのかな?"

"まあこんなデカミミズ、大丈夫な人のほうが少ないだろw"

"確かに"

"素手で持ってるシャチケンが異常"

"あ、大臣もダンジョンワームを針に付けてる"

"あの人もミミズにビビる人じゃないだろうからなw"


 俺と堂島さんは釣り竿にダンジョンワームを付け終わる。

 完全に殺さず、生きた状態にしておくのがコツだ。死んでしまうと素材になってしまうからな。


「それじゃあワシからいくぞ。ほっと!」


 堂島さんはダンジョンワームのついた針先を豪快に飛ばす。

 その針先は勢いよく飛んでいくと、水の中に着水する。

 ダンジョン釣りは初めてのはずなのに上手だな。


「若い頃は川でよく釣りをしたもんじゃ、懐かしいのう」


 堂島さんは手慣れた手つきで釣り竿を操作する。

 別に勝負をする気はなかったが、凛の前であまり無様な姿は見せられない。大物を釣ってかっこいいところを見せるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る