第3話 須田、護送される

 ――――遡ること三十分前。


 夜の都内を走る、一台の装甲車があった。

 その装甲車はただの装甲車ではない。ダンジョンで取れた金属によって作られた『特殊護送車』であった。

 モンスターや覚醒者の攻撃であってもしばらく耐えられるほど硬いその車は、覚醒者の犯罪者を護送する目的で作られている。


 今でこそ少なくなったが、覚醒者が誕生してからはその力を犯罪に使う者も少なくなかった。モンスターやダンジョンのせいでなく、そういった犯罪者のせいで機能を停止してしまった国も存在するほどだ。

 ここ日本も魔物対策省の働きがなければそうなっていたかもしれない。


 覚醒者の犯罪者は、一般の犯罪者とは扱いが異なる。

 刑が決まると一般の刑務所ではなく、覚醒者用の特殊な収容施設に入れられることになる。

 そこでは覚醒者の力を弱める手錠を付けられた上、ダンジョン産の金属で作られた檻に入れられる。いくら人並み外れた力を持つ覚醒者であってもそこから抜け出すのは容易ではない。


 事実現在護送車が向かっている都内某所にある特別収容施設は、一人も脱走者を許していない鉄壁の監獄である。

 護送されている受刑者……須田明博もそのことを理解していた。


「クソッ! クソッ! ここから出しやがれ!」


 須田は手錠をはめられながら、護送車の壁を蹴り飛ばす。

 ガンガンと音が鳴り響くが、その壁には傷一つつかない。特殊護送車の壁は硬い上、須田の手には覚醒者の力が弱くなる手錠がかけられている。うるさいことを除けば護送になんの支障も生じていない。


「うるさいぞ。静かにしろ」


 同乗している警察の人間が須田に注意する。対覚醒者用の特殊装備に身を包んでいる彼もまた覚醒者であり、高い実力を持っている。

 手には対覚醒者用の自動小銃アサルトライフルを持っており、他にも魔導研究局が開発した武器をいくつか装備している。そんな人間が車内に三人。仮に須田が手錠を外せたとしても制圧することは容易だろう。


「うるせえ! 俺をここから出せ!」

「……いい加減にしろ。これ以上刑を重くしたくはないだろう? 黙って罪を受け入れるんだな」

「く、そが……!」


 須田に課せられた刑は『懲役二十年』。黙って受け入れられるものではなかった。

 これほど刑が重いのは、彼が覚醒者としての力を表で振るってしまったところにある。


 ダンジョン産のナイフを使い、彼は田中に攻撃をしかけた。覚醒者がダンジョン外で力を振るう行為は固く禁止されており、重い刑が適用されてしまう。


「あいつが……田中が悪いんだ……!」


 ぶつぶつと呟く須田。

 それを見て警察の人間は肩をすくめあう。


 これはなにを言っても駄目だ。さっさと護送を終わらせよう……と思っていると、ガンッ! と突然護送車が激しく揺れる。


「な、なんだ!?」

「襲撃か!?」


 騒がしくなる車内。

 警察の人間が自動小銃アサルトライフルを構えて周囲を警戒する中、特殊護送車の後ろの扉が無理やり開かれる。


「おじゃまします。そこにいる人を引き取りに参りました」


 現れたのは仮面で顔を隠した、スーツ姿の男性だった。

 物腰柔らかい態度だが、特殊護送車の扉を力づくで開けたところを見るに彼も覚醒者。警備していた三人は迷わず手にした自動小銃アサルトライフルの銃口を向ける。


「おっと危ない」


 謎の襲撃者は素早く動くと、その三人の首を一瞬にしてトン、と叩き昏倒させる。


「が……!?」


 呻きながらその場に倒れる三人の警察。

 謎の乱入者はゆっくりと須田に近づいていく。


「お待たせしました須田さん。お迎えにあがりました」

「チッ、遅えんだよ。来ねえかと思ったぜ」

「ふふ、すみません。我々も多忙なもので」


 男はそう言うと、手刀で須田の手錠を破壊する。

 自由の身となった須田は、手首をさすりながら立ち上がる。


「お前らの事情なんて知るかよ。俺がお前らにいくら寄付・・してやったと思ってる。こういう時に役に立たねえでどうする」


 苛立たしげに言う須田。

 彼は田中のおかげで稼いだ多額の金を、いわゆる『裏社会』に落としていた。そうすることで彼は非合法組織との繋がりを得ていたのだ。

 今日こうして助けに来たこの男も、それ関係の人物であった。


「はは、耳が痛い。しかし……少しくらい感謝していただきたいですね。確かに貴方から融資をしてはいただいておりましたが、それは過去の話。もう頼みのギルドを失った貴方の利用価値は我々にはほとんどないのです。事実貴方を助ける必要はないという意見も多くあがりました」

「……ちっ」


 今の須田はもう社長でもなんでもない、ただの凡百な覚醒者の一人に過ぎない。犯罪者になったことで表舞台に立つ資格も失ってしまっている。

 裏社会の人間から見ても利用価値は低い。


「それでも貴方を助けたのは我々が約束を守る組織だと周知させるため。さ、行きましょう。海外に逃がすまでは面倒を見させていただきます。魔物対策省が本腰を入れる前に飛んでいただきますよ」


 男はいいながら護送車を降りる。

 既に護送車が襲撃された話は警察と魔物対策省に伝わっているはず。一刻も早く彼はこの場から立ち去りたかった。しかし、


「……待て。俺は海外なんかにゃ行かねえぞ」


 護送車から降りる一歩手前で止まり、須田が言い放つ。

 なにを言ってるんだと男が首を傾げていると、須田は表情に怒りを滲ませながらその理由を口にする。


「田中だ。あの野郎に復讐するまで逃げるわけにはいかねえ。俺に逆らったあいつに地獄を見せてやるんだ」


 警察に捕まり、金も地位も全てを失った須田。

 そんな彼に残されていたのは田中への『復讐心』だけだった。それが八つ当たりであることは百も承知、しかし復讐を果たさなければこの先一生それを抱えたまま生きることになることもまた、彼は理解していた。


「……ほう、面白い」


 須田の心情を理解した男は、仮面の下で笑みを浮かべる。


「分かりました。ということであれば海外に行くのはやめましょう。微力ながらその復讐、お手伝いさせていただきます」

「ふん、なにを考えてるかは知らねえが、手を貸すってんなら利用させてもらうぜ」


 須田は信用していない目を向けながら護送車から降りる。

 そして「こちらへ」と先導する男に走りながらついていく。


「……ところでお前はどこの組織の人間だ? 金を渡してたところはいくつかあるからな」

「ああそうでしたね。まだ名乗っておりませんでした」


 仮面の男は、あらかじめ決めておいた逃走ルートを走りながら須田に言い放つ。


「我らの組織は『インテグラ』。これからよろしくお願いいたしますね、須田さん」

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