第九章 田中、結婚するってよ

第1話 田中、新しい日常を送る

 ――――中華街鬼龍ダンジョン、深層。


 中華街に突如誕生した『門』から入ることのできるこのダンジョンには、モンスターの中でも特に面倒な鬼と龍が多数出現する。

 二つの種族は固有の能力が面倒というよりも単純に膂力りょりょくが高く、そして硬い。この手のモンスターに下手な小細工は通用しない。こちらもひたすら筋力を上げ、強力な武器で攻撃するしか手段がない。


 そんな厄介なダンジョンの深層で、俺は今日も配信・・をしていた。


「――――おらっ!!」


 こちらに突っ込んできた炎髭龍えんしりゅうの頭を掴み、放り投げる。

 すると数体の鬼を巻き込みながらその巨体がダンジョンの壁にめり込む。ふう、これで少し楽になった。

 『龍』はいわゆる『竜』と違い、細長いドラゴンだ。

 筋力という面で言えば竜に劣るが、その分スピードが速く、しかも縦横無尽に動くため動きが読みづらい。俺も初めて戦った時は苦労したものだ。


"龍くんが放り投げられてて草"

"やったれシャチケン!"

"龍って食えんのかな"

"今中華街いるけどちょっと揺れたぞ"

"鬼もびびってますよ"

"どっちが鬼だか分かんねえな"


「これだけ暴れれば出てくるか……?」


 俺は無数の鬼と龍を倒しながら、周りを確認する。

 今回の配信はただこのダンジョンに潜って暴れるのが目的ではない。定時内に帰るためにも、早めに来てくれると助かるのだが。

 そう考えながら戦っていると、突如ダンジョン内に冷たい殺気が満ちる。


『ルル……』


 低くくぐもった声を出しながら現れたのは、黒い皮膚をした大型の鬼。

 頭部からは捻れた凶悪な角が二本生えており、その体には無数の傷が刻まれている。


 それが現れるや他の鬼や龍たちは俺から距離を取り始める。


 明らかに異質な存在。

 その鬼の名は『百鬼王ラセツ』。この中華街鬼龍ダンジョンに生息しているネームドモンスターだ。


「ようやくお出ましか。待ってたぞ」


 剣を抜き放ち、俺はラセツと対峙する。

 そう、今回の配信のお目当てはこいつだ。最近このダンジョンの中層に突然現れ、多数の探索者を襲ったSSランクのネームドモンスター、それがこいつだ。


 SSランクのモンスターを狩れる人物は、魔物対策省にも少ない。

 天月や凛の負担を減らすためにも俺は今回こいつを配信の目玉にしたんだ。注目を集めているモンスターだから視聴者もたくさん来るしな。


「さあ、業務しごとの時間だ」

「グオオオオオオッッ!!」


 ラセツは大きな咆哮を上げると、手にした血塗れのゴツい棍棒を思い切り振り下ろしてくる。

 当たったら痛そうだ。俺は剣でその攻撃を弾くと、素早く駆け寄り腹部に蹴りを打ち込む。


「ガア……!?」


 痛そうに顔を歪めながら後退するラセツ。あまりダメージは深くなさそうだ、頑丈な奴だな。


"ラセツくんやるやん"

"いい腹筋してるよ!"

"さすがネームドモンスターやね"

"シャチケンが頑張って働くせいで最近ネームドモンスターも減ったよな"

"まさか迅雷のバルバトスを両手使用禁止縛りで倒すとは思わなかったわw"

"閃光のシレーヌを素手で引きちぎったのが俺のお気に入り"


『グウ……ガアアアッ!!』


 俺にダメージを与えられたことで怒ったのか、ラセツは大きな声をあげると手に持った棍棒に力を込める。

 するとバチバチと棍棒が紫色の電気を放ち始める。どうやら魔力を流すと特殊な電気を発する武器みたいだ。珍しい、売ったら高く値がつきそうだ。


『ガアッ!』


 ラセツは棍棒を振り上げ襲いかかってくる。

 さっきと同じように捌いたら電気で痺れそうだ。そこまで考えての攻撃だとしたら知恵が回るな。


「よく考えたが……動きが単調すぎる」


 俺はギリギリまで攻撃を引きつけ、そして当たる寸前でそれを回避しながら跳躍する。

 ラセツの頭上に跳んだ俺は、空中でふわりと姿勢を制御し剣の刃先を地面に向けながら、ラセツの体めがけて落下する。


「橘流剣術、落下傘らっかさん


 落下の勢いを込めて、刃先をラセツの首元に突き刺す。

 ラセツが首を動かしたせいで狙いは少しずれ、鎖骨の部分に刺さったが、これでもダメージはそこそこあるはずだ。


『グウ……アアッ!!』


 ラセツは腕を振るって俺を追い払う。

 俺は一旦ラセツの体から離れるが、狙いはまだ首元から離していない。今負った傷の再生に魔素を集中している今、守りは手薄。


 この状態ならトドメを刺すのも容易だ。


「我流剣術、またたき


 一度鞘に収まった剣が再び抜き放たれ、不可視の剣閃が走る。

 ラセツは一瞬反応したものの、手負いの状態で回避することは敵わず、その首はスパッ! と両断されてしまう。


『ガ……ッ!?』

「お前は強かったが……相手が悪かったな」


 地面に着地すると同時に、ラセツの大きな肉体が地面に倒れる。

 ふう、なんとかなった。硬い相手だったけど、変な技を使わない分やりやすかったな。


"おおおおおお!"

"やった!"

"ラセツまで楽勝かよ、やばすぎ"

"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"相手が悪すぎた定期"

"ラセツがやられたか……ネームドモンスターの面汚しよ"

"何人ネームド狩られてると思っとるねん"

"これで中華街のダンジョンも探索しやすくなるな。助かる"

"ありがとうシャチケン!"


 ラセツを倒すと、みんなのお祝いコメントがたくさん流れる。

 この瞬間は素直に嬉しい。社畜時代の俺にとってダンジョン探索は孤独で寂しいものだったからな。こんなに褒めてもらえるなら頑張った甲斐があるというものだ。


"それにしても最近のシャチケンは働くなあ"

"配信頻度高くて助かる"

"そりゃ奥さんのためにも稼がなあかんからなw"

"確かに笑"

"[¥20000]本日のご祝儀……もとい討伐報酬です!"

"ご祝儀草"

"早く出産祝いスパチャさせてくれw"

"シャチケンもパパかあ"

"気が早すぎるだろw"

"やっぱり夜も残業(意味深)してるんですか???"

"最低過ぎて草"


「…………」


 流れてくるイジリコメントを見て、俺は虚無顔になる。

 恥ずかしがったら負けだ。こいつらを喜ばせるだけだ。


「それでは素材を回収して地上に戻ろうと思います。もうしばらくだけお付き合いいただけますと幸いです」


"おい逃げるな!"

"ちゃんと同棲生活が上手くいってるか説明しろ!"

"ワイもシャチケンと同じ屋根の下生活したい人生だった……"

"ゆいちゃんを幸せにしろよ!"

"姫を泣かせたら許せないからな!"


 やいのやいのとうるさい視聴者たち。

 それを華麗にスルーし、俺は素材を回収、地上に戻って配信を切る。


 まったく、あのプロポーズ配信以来こういうコメントが多くて困る。

 どうすればいいものかと思いながら、事務所へと帰還した俺は、扉を開けて中に入る。


「ただいまー」

「あ、お帰りなさい田中さん! 配信見てました、お疲れ様です!」


 パタパタと足音を可愛らしい足音を鳴らしながら現れたのは、星乃だった。

 料理を作ってくれていたのか、エプロンをつけていて手にはおたまを持っている。あまりにも新妻感が強過ぎてもう結婚したのかと錯覚する。


「もうすぐご飯ができますので、少しゆっくりしててくださいね」

「星乃……お前はいい奥さんになるな」

「ええ!? あの、では……よろしくお願いいたします……」


 照れながらそう言った星乃はくるりと背を向けると事務所の中に戻って行く。俺の婚約者がこんなに可愛いわけがない。


「はあ、いまだに実感がないな」


 あのプロポーズの結果、俺は星乃と天月と凛と婚約・・するに至った。

 結婚ではなく、婚約。まだ籍は入れていないが三人とも俺のプロポーズを受け入れてくれた。


 すぐに籍を入れようという話も出たが、今はリリシアやダゴ助のこともあって色々ごたごたしている。籍を入れるのはそこらへんが落ち着いてからにしようという風に話は落ち着いた。


 いやしかし、数ヶ月前までは独り身一直線だったというのに、まさかかわいいお嫁さんが三人もできるとは思いもしなかった。人生とは実に分からないものだ。


「りりっ!」

「おっとごめん、リリも一緒だったな」


 考え事をしていると、スーツからリリが顔を出して抗議してくる。

 たまにリリも「けっこん、する!」と言ってくるけど多分意味は分かってないだろう。真似しているだけ……と、信じたい。

 日を追うごとに頭が良くなってきているので、いつか普通に会話できるようになるんじゃないかと思うことも多い。


「お、帰ってましたか兄貴! 配信見てましたぜ」

「ん? ダゴ助か」


 スーツの上着を脱ぐと、ダゴ助がやってくる。

 出会った時はボロボロのズボンを履いているだけだったが、今のこいつは違う。

 ジーパンに半袖の白いTシャツ、若者が着てそうなカジュアルな服装だ。それを魚人の見た目の奴が着ているから実にシュールだ。

 だけどなぜか似合っているのが少し面白い。


「ずいぶんこっちの世界に馴染んだな……」

「この服のことですかい? いやあ向こうの世界ではこんな綺麗な服着ることなんて出来ませんでしたからねえ。飯も美味いしこっちに来れてよかったですよ」


 ダゴ助は楽しそうに笑う。

 こいつがこういった服装をしているのにも理由がある。それは精神汚染効果をなくすためだ。

 なんでも研究の結果によると、ダゴ助やリリは世間への知名度が上がったり見た目が親しみやすくなると精神汚染効果が弱くなるらしい。

 ダゴ助も見た目を現代的にしたのと知名度が上がったおかげで、一般人が見ても大丈夫なようになった。この前なんかファン向けのイベントにも行っていた。もちろん政府の護衛付きではあるが。


 普通の人間とは見た目がかけ離れているので、最初は上手くこっちの世界に馴染めるのかと少し不安ではあったが、杞憂だったみたいだ。

 それよりも問題は……。


「待っておったぞタナカ! 今日こそはわらわとも結婚してもらうからな!」


 事務所に響く大きな声。

 見ればとても姫様とは思えない、ダサ部屋着に身を包んだリリシアの姿がそこにあった。なんだあのシャツは、胸元に「わらわ」って書かれてるけどリリシアのグッズかなにかか?

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