第32話 田中、決断する
とりあえずこの空気をどうにかしなければ。
俺は気合を入れ直し、なんとか声を出す。
「あのだなリリシア」
「お、結婚する気になったか?」
「いや、違くてだな……」
「ん? 嫌なのか? こう見えてもわらわは尽くすタイプだぞ! 顔も整っているし、スタイルも抜群だ。魔力だって他のエルフより高いんだぞ。他に足りないものがあるなら言ってみろ。お前の好みに合わせてやろう」
"うちの姫様が魅力的すぎて生きるのが辛い"
"俺が結婚したい(血涙)"
"自分の魅力自覚してるの好き過ぎる"
"断っても受け入れても恨み買いそうだな"
"俺は姫が決めたなら受け入れるよ……ぐぎぎ"
"受け入れられてなくて草"
"[\30000]ご祝儀送っとくか"
"ま、まだ決まったわけじゃないから!"
"王国民必死だな笑"
コメントは盛り上がっているが、事務所の空気は完全に冷え切っており肌寒くすら感じる。
星乃は泣きそうだし、天月からは恐ろしい殺気が放たれている。凛はなにかを期待しているように俺を見ているし……どうすればいいんだ。
「リリシアが魅力的じゃないってわけじゃないんだ。ただほら、今はだな。みんなもいるし……」
「みんな? ああ……なるほど、分かったぞ。つまり星乃たちもタナカを好いておったのだな! これは気が付かなかった。申し訳ない」
あっけらかんと言うリリシア。
すでに知られているとはいえ、配信でそのようなことを言われた星乃は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「リリシア、ひとまず配信を切……」
「だったら
「あいつそんなことまで教えて……」
家のないダゴ助はこの事務所の一階に住んでいるが、家庭のある足立は家から事務所に通っている。そして運営のかたわらダゴ助とリリシアにこの世界での暮らしを教えたりもしている。
俺はあまりそういうのが上手くないので教えるのは任せてたけど、まさかそんなことまで教えていたとはな。
「リリシアちゃん、そういう問題じゃ……」
「少し落ち着きなさい。そんなこと今決められることじゃないでしょうが」
星乃と天月がリリシアを止める。一人凛だけは沈黙を貫き行末を見守っている。
"凄いことになってきたな"
"どう決着つくんだ"
"まあ先送りじゃない? シャチケンの手に余るでしょ"
"斬れるものなら田中もどうにかできるんだけどな"
"田中ァ! 責任取れよォ!"
"凛ちゃんが黙ってるのが気になる"
"わらわはブレーキぶっ壊れてて面白いなw"
コメントも変わらず大盛りあがりだ。
とはいえコメントがうるさいのはいつもと変わらない。今無理やりこの話を終わらせて、配信を止めたとしても致命的な事態にはならないだろう。
リリシアだって馬鹿じゃない、言えばこれ以上その話題を人前ですることもないはずだ。だが、
「……分かった」
「む?」
「へ?」
「どうしたの?」
不思議そうな顔をするリリシア、星乃、天月。
俺は椅子から立ち上がってみんなから少し離れると、努めて真剣な顔をしながらずっと言おうとしていたけど言えなかった言葉を口にする。
「天月、星乃、凛。俺と結婚してほしい。必ず幸せにする」
俺の言ったことを理解できなかったのか、数秒沈黙が場を支配する。
う゛、魔王と戦った時より緊張する。だがこれは言わなくちゃいけないことだ。
「え、ええええ!? け、結婚ですか!?」
「誠!? 本気なの……!?」
「先生……その言葉を待ってました」
「あれ、わらわは?」
三者三様の反応をする一同。まあ突然こんなことを言われたら驚いて当然だ。
だけど俺だって気まぐれでこんなこと言ったわけじゃない。
三人に想いを告げられてから俺はずっと悩んでいた。先輩の九条院さんから全員を幸せにするという選択肢を提示されてもなお、悩み続けていた。
俺にそんな器用なことできるのだろうか、不誠実じゃないんだろうか。悩みに悩んだその末に、やっぱり俺は一人を選ぶことなど出来ないという結論に至った。幸い今は経済的に余裕もできてきた、三人くらいであれば養えるであろう。
俺は不器用なので至らない点もあるだろうが、みんながサポートしてくれればなんとかなるはずだ。まあ三人が俺の提案を受けてくれれば、の話ではあるんだけど。
"言ったあああああああ!!"
"うおおおおおおお!"
"まじかよ"
"きたああああああああ!!!!!"
"シャチケン最強! シャチケン最強!"
"田中ァ! マジ?"
"っぱハーレムルートよな"
"現代のハーレム王やんけ"
"よかった、負けヒロインはいないんですね"
"姫様はまだ正式加入してないぞ"
"しれっとはぶられてて草"
"これは明日の一面ニュースですね"
"お、おまえらおちつけkek"
"[¥3000000]取り急ぎご祝儀です"
"式はいつですか!?"
"もちろんリリたんも妻にするんですよね"
「あ、あわわ、どうしようまずはお母さんに相談しなきゃ……」
「さすが先生です。そう言ってくれると思ってましたよ」
「貴方って人はまったく……断られたらどうするつもりなの?」
「ねえ! わらわは!?」
もっととんでもない空気になるかと思ってたけど、不思議と和やかな空気になる。
いくら法的にOKとはいえ、この道は大変な道になるだろう。視聴者の中には忌避感を示す人もいると思う。
だけど今の俺は、もう社畜の時みたいに弱気にはならない。
これからは自分の幸せの為に生きる。辞める時にもそう決めたはずだ。
「え、えっと不束者ですが……」
「よろしくお願いしますね、先生」
「はあ……これが惚れた弱みってやつなのね……」
「タナカ! 聞いておるのか!? わらわは!?」
相変わらず爆速で流れるコメント欄から目を外した俺は、ネクタイを締め直しみんなのもとへ向かうのだった。
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