第30話 姫様、配信をする

「聖樹国オルスウッド特別国民のみなさまごきげんよう! 今日もわらわ、リリシア・オルフェウン・オルスウッド第一王女が配信を始めさせていただくわ!」


 リリシアがドローンのカメラに向かって元気よく言うと、コメントが勢いよく流れ始める。


"こんにちは!"

"待ってた"

"生きがい"

"わらわー"

"こんわらわ"

"わらわ待ってた"

"姫! 愛してます!"

"俺の王女が美し過ぎて今日も生きるのが辛い"

"姫―! 俺だ! 国民にしてくれー!"

"[\100000]本日の住民税です。お収めください"


「わ、わ、今日もコメントがたくさん……みなさんありがとうございます! 期待に応えられるよう、頑張りますわ!」


 ふんす、と気合を入れて配信を開始するリリシア。

 王女である彼女は向こうの世界でも人前で話す機会が多かったんだろう、配信という文化にもあっという間に適応した。

 俺なんて今でも上手くやれてる自信がないのに、たいしたもんだ。


「今日もたくさんお便りをいただいてますわ、読んでいきますわね。えーと、『姫様こんにちは、いつも配信ありがとうございます。向こうの世界での食生活が気になってるのですがどの様な物を普段食べておられたのですか? 教えていただけると嬉しいです。これからも美しい姫様に応援と忠誠を誓います』……と。ありがとうございます、あなたの忠義に深い感謝を」


 リリシアはカメラに向かって優しく微笑む。

 その様はまるで絵画のように綺麗だ。ぽんこつな面が目立つリリシアだけど、こういうところを見ると本当のお姫様なんだと分かる。


"俺の姫様が美しすぎる……"

"は? 天使か?"

"汚れきった心が浄化された……"

"シャチケンのファンだけど姫様の心を奪ったのだけは許してない"

"社畜はとんでもないものを盗んでいきました……"

"忠誠を誓いたい。そしてあわよくば手の甲をぺろぺろしたい"

"親衛隊、こいつです"

"早く特別国民じゃなくて本当の国民になりたいぜ"

"[\400000]スマイル代"

"[\650000]住民税払わなきゃ"

"姫の配信って富豪多いよな"

"[\150000]訓練されてると言ってくれ"


 乱れ飛ぶスパチャの嵐。

 俺はスマホでそれを見ながら「凄いな……」と呟く。


「登録者も1000万人をとっくに超えてるし、俺のチャンネルも抜かされるんじゃないか?」


 俺は部屋の隅の配信スペースで楽しげに話すリリシアを見ながら、そう呟く。

 今いるのは新しく建てられた白狼ホワイトウルフギルドの中だ。魔物対策省の敷地内に建てられていて、数日前に完成したばかりだ。


 リリシアはここに来てから自由時間のほぼ全てを配信に注いでいる。

 それは決して遊んでいるわけではない。そうすることで味方ファンを増やし、そして異世界の情報を不特定多数の人に無償で提供しているのだ。

 そうしていれば彼女を拐うリスクはリターンに見合わなくなっていく。

この建物には常に俺か天月、凛の誰かがいるしな。これるものなら来てみろというものだ。


「彼女、頑張っているわね」


 そう言いながら俺の机を挟んだ向かいの椅子に座ったのは、天月だった。

 普段は忙しく働いている彼女だが、リリシアの護衛という仕事ができたので最近はこのギルドで穏やかに過ごせる時間も増えてきた。

 そうすると自然と一緒に過ごす時間も増えて、なんだか同棲している気持ちになってドキドキしてくる。

 俺はそんな気持ちを出さないよう、努めて冷静にしながら返事をする。


「そうだな。本当にたいしたもんだよ。違う世界に急に放り込まれたっていうのに弱音も吐かずに。俺たちがサポートしてあげないとな」


 ダンジョンで出会って助けたのもなにかの縁だ。

 一階で爆睡しているダゴ助含め、できる限り力になってあげたい。


 と、そんなことを考えていると、天月が俺のことを見ながらおかしそうに笑っていることに気がつく。


「なんだ? 俺の顔になにかついてるか?」

「いえ、あなたのそういうところは昔から変わらないなと思って」

「なんだよそういうところって」

「底抜けのお人好しなところよ。ま、そういうところを私は好きになったんだけど」

「な……っ!?」


 突然の言葉に俺は固まる。

 そんな俺の様子を見て、天月は「ふふっ」と意地悪そうに笑みを浮かべる。ぐぐ……いいようにやられてしまっている。悔しいがなすすべがない。どうしたものかと悩んでいると、


「そうですね、それが先生のいいところです」


 ドサッとソファの右隣に凛が座ってくる。

 そして俺の腕に手を回して抱きついてくる。まるで天月に見せつけるように……なにがしたいんだ?


「姉さんだけでなく私もお手伝いしますので、私のことも頼ってくださいね」

「あ、ああ。頼りにしてるよ凛」


 そういうと凛は「むふー」とドヤ顔をする。

 凛も今はこの事務所でほとんどの時間を過ごしている。最近はバンバン私物も運び入れてきていて、完全に住民と化してきている。その手際のよさは恐怖すら感じる。


「わ、私も頑張ります! リリシアちゃんはお友達ですから!」


 そう言って逆隣に星乃も座ってくる。

 彼女も白狼ホワイトウルフギルドの一員ということで、事務所に住んでいる。まだ大学生の彼女を預かっていいのかと疑問には思ったけど、母親のすみさんは心良く送り出したらしい。なぜだ。


 まあでも歳の近い彼女はリリシアとも仲良くやってくれている。いてくれると事務所の空気も明るくなるし、正直助かる。


「あ! みんな集まってなにをしてる! わらわも混ぜんか!」


 俺たちが集まっていることに気がついたリリシアがこちらにやって来て、なぜか俺の膝の上に座る。それを見た天月はぴくりと眉を動かす。まずい、怒ってそうだ。


「お、おいリリシア。一旦降りないか? ほら、配信にも乗っちゃってるじゃないか」

「む? よいではないか。我が国民しちょうしゃたちはこれくらいで怒るほど狭量ではないぞ!」


"そうですね(血の涙を流しながら)"

"シャチケン……覚えてろよ……"

"姫のお尻を味わいやがって(ブチギレ)"

"凛ちゃんにゆいちゃんもいるじゃん。いい匂いしそう"

"相変わらずハーレム事務所で草"

"奏課長もいるやん! 踏んで!"

"本当羨ましいわ。俺も田中の膝の上座りたい"

"そろそろシャチケンASMRも出してくれ"

"シャチケンファンもぶれないな"


 爆速で流れるコメント。

 その中には明らかに怒ってるものもある。うう、胃が痛む……。


「あ、そうだタナカ! わらわがこっちの世界になじむ、良い方法を思いついたのだ! 国民しちょうしゃも聞いておるし、今言っても構わんか?」

「ん? なんだ?」


 なんとなしに聞き返す。

 するとリリシアはとんでもない爆弾発言をぶちかます。


「わらわとタナカが結婚・・すればよいのだ! そうしたらわらわもこっちの世界の一員。どうだ、よい手段であろう?」

「…………へ? えええええ!?」


 俺だけじゃなく、天月たちも驚いて大きな声を出す。

 当然コメント欄も阿鼻叫喚。俺でも目で追えないほどの量が書き込まれる。


「ん? ん? どうしたのだみんな?」


 そんな中、一人だけリリシアはきょとんとしている。

 はあ……これはまた、大変になりそうだ。

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