第29話 田中、帰宅しようとする

「はあ……流石に疲れたな」


 リリシアと共に怒涛のスケジュールをこなした俺は、車の中でそう呟く。

 俺が乗っている車はモンスターの攻撃でもビクともしないという特性リムジンだ。なんでもダンジョン製の素材で作られているらしい。それなら人間の兵器程度なら傷ひとつつかないだろう。


 後部座席に座っているのは俺と堂島さん。リリシアは助手席に座っていて外の景色を興味深そうに見ている。

 最初は天月とダゴ助もいたんだけど、天月は途中で別の仕事に行ってしまい、ダゴ助は先に魔対省に戻った。見た目が人間に近いリリシアの方が表に出る役目が多いからな。


 窓の外はもう夜になっていて、ビルの明かりが煌々と光っている。

 前はこのくらいの時間でも平気に働いていたけど、最近は早く寝ている生活を続けているので眠い。俺もすっかり健康的な生活に慣れてしまったな。


「それにしても帰って早々仕事を詰め込み過ぎじゃないですか? 一日くらい空けても良かったんじゃ」

「ワシだってそうはしたかった。だが早めに済ませることは済ませておかんと色々とマズいことになる。リリシアちゃんの価値は非常に高い、またいつ特公とくこうのような輩が来るか分からんからのう」

特公とくこう?」


 堂島さんが口にした、聞き慣れない単語を聞き返す。


「特殊公安委員会……お主がダンジョンを出る時に会った連中じゃ。全く、普段はこっちの仕事を手伝わんくせに嫌なときだけ横槍を入れおってからに。今度会ったらぶん殴ってやろうか」


 堂島さんは苛立たしげに言う。


「まあ魔対省で保護している内はあいつらも手を出してはこんじゃろう。問題は外国の連中がどう動くかじゃ。早い内にリリシアちゃんの情報を独占しないことを宣言せんと強硬手段に出てきてしまう。彼女に平穏な暮らしをしてもらうためにも、しばらくは忙しくしてもらう」


 利用価値が下がれば下がるほど、リリシアたちがさらわれる危険性は下がるというわけだ。その為にも情報を引き出すだけ引き出して、公表する。情報を独占できれば国としても利はあるけど、その分リリシアたちも危険になってしまう。

 安全を考えれば堂島さんの判断は正しいだろう。


「まあ手に入れた情報をタダで公開することに反対してくる奴も多いんじゃがな。そいつらを黙らす為に明日も奔走せなならん。はあ……今他国とドンパチやる余裕などないというのに、腹立たしい。文句があるなら自分が前線で戦えばいいんじゃ、それができんなら役に立たぬ口など縫って塞げばいい」


 愚痴をこぼす堂島さん。

 堂島さんはゴリゴリの武闘派だ。こういう面倒なことに気を回すのは苦手だろう。それなのによく続けていられるな。口には出さないがそういうところは素直に尊敬できる。


「……と、着いたか。降りるぞ」


 リムジンが魔対省に着いたので、俺たちは降りる。

 ふう、これで俺の仕事もひとまずは終わりかな? ダンジョンに入ってから帰れてないので、あの狭いアパートが恋しく感じる。


「それじゃあ俺は帰って大丈夫ですか?」

「いや。お前に見てほしいものがある。中に来てくれんか」

「見てほしいもの……?」


 なんだろうと思いながら、俺は堂島さんの後をついていく。

 魔対省の敷地内に入り、しばらく歩いていくとなにやら急ピッチで建物が作られているのが目に入る。二階建ての建物だ、覚醒者の職人たちが重機を使わず手作業で組み立てている。


「ん? あいつは……」


 そんな工事現場で、俺は見知った顔を発見する。

 向こうも俺に気づいたみたいで上機嫌に近づいてくる。


「よう田中、お疲れ。今回も大活躍だったな」

「……なんで足立がここにいるんだよ」

「なんでとは挨拶だな。今や同じ会社ギルドの仲間じゃないか」


 俺の友人にして同僚の足立はそうおどけて言ってみせる。


「それにあの建物はなんだ? お前と関係があるのか?」

「なんだ聞いてないのか。今建てているあれが俺たち白狼ホワイトウルフギルドの事務所になるんだよ」

「……は?」


 あまりにも想定外の返事に、俺は盛大に困惑する。

 いや確かに事務所は探していた。ここは都内だし、建物も広そうだしでそれは問題ない。でもここは魔対省の敷地内だぞ? 意味が分からん。


「それにしてもお前も隅に置けないねえ。なんでもエルフのお姫様がお前と離れたくない、一緒にいられるなら協力を惜しまないって言ったそうじゃないか」

「え」

「だったら魔対省に住めばいい。更に事務所を作ってしまえばこの中で全部完結する。完璧な計画だな」

「え、え」

「あ、唯ちゃんにこの件を伝えたら彼女もこっちに住むってよ。一つ屋根の下で暮らすなんてラブコメみたいだな」

「え、え、え」


 あまりの情報量に脳がパンクしそうになる。

 聞いてないぞ、俺は社長のはずなのに。


 どういうことなのかと堂島さんを見ると、サッと目をそらされる。あのオヤジ、黙ってやがったな?

 問い詰めてやろうと近づこうとすると、リリシアが申し訳無さそうな顔をしながら間に入ってくる。


「す、すまぬタナカ! わらわが頼んだからやってくれたのだ! 迷惑なら断ってもよい! だから堂島殿を責めないでやってくれぬか?」


 目をうるませながら訴えるリリシア。

 むう……こうされると弱い。勝手にやられたことは癪だが、ここに事務所が作れるならマスコミに押し入られたり、誰かにイタズラされたりすることもないだろう。そう考えると悪くはない。


「……分かった。ひとまずリリシアがこっちの世界に慣れるまではそうするとしよう。その後どうするかは分からないけどな。それでいいか?」

「も、もちろんだ! ありがとうタナカ!」


 そう言うとリリシアは嬉しそうに抱きついてくる。

 堂島さんにいいように使われている気はするが……まあ世話になってるし目をつむるとしよう。


「あ、そうじゃ。一応形式として政府の者も見張りとしてつけなければいかんから、天月と絢川も事務所に住まわせることにしたからの」

「え゛」


 とんでもないことをさらりという堂島さん。

 前言撤回だ。このジジイの好きにさせちゃいけない。俺は大変なことになると抗議するのだが……それは徒労に終わってしまうのだった。

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