第28話 田中、帰還する
無事ダンジョンを出た俺たちを出迎えたのは、大量の人であった。
いつも出待ちの量は凄いんだけど、今日は輪をかけて多い。覚醒者の警備員が数十人がかりで抑えているけど、今にも決壊しそうだ。
まあ今日は異世界人が二人いる上に、配信が途中で切れちゃったからな。気になった人が押し寄せてきたんだろう。
「おい! シャチケンが出てきたぞ!」
「マジかよ! お帰り!」
「待ってたぞッ!」
「シャチケン最強! シャチケン最強!」
どっ、と地面が揺れるほどの歓声が巻き起こる。
凄い熱気だ。俺は人気アーティストか。
「お、おいタナカ。人がいっぱいおるぞ……」
「大丈夫。襲ってきやしないよ」
リリシアは俺の背中に隠れてびびっている。こんなにたくさんの人間を見るのは初めてみたいだな。エルフってあまり人と関わらないイメージだし、やっぱり向こうの世界でもそうなんだろうか。
ちなみにダゴ助は普通の人間が直視すると精神汚染されてしまうので俺のスーツの上着を頭から被らせている。どうやら効果はあるみたいで様子がおかしくなった人は見当たらない。
「リリシアたん! こっち見て!」
「エルフはあはあ」
「俺も臣民にしてくれ!」
リリシアを見た人たちは目をギラギラにしながら大きな声を出す。
それを見た彼女は「ひっ」と小さく声を出して俺の後ろに完全に隠れてしまう。完全にびびってるな……借りてきた猫みたいだ。
だけどその様子がツボに入ったのか、男たちの野太い歓声が一層強くなる。困ったもんだ。
「いちゃついてないで車に乗りなさい。これ以上は警備員も持たないわ」
天月が不機嫌さを含ませながら言ってくる。
ふ、不可抗力だ。
そう心のなかで抗議しながら車に乗り込もうとすると、
「大学生の次はエルフとはね。そこまで見境なしの節操なしだとは思わなかったわ」
後ろからぐさりと嫌味を刺される。
天月の中での俺の印象がどんどん悪くなっている気がする。どこかで挽回できるといいんだけど。
「なんですか兄貴この鉄の箱は? 馬車にしては変な形ですが」
「おお、この椅子ふかふかしてる……ってのわっ!? 揺れだしたぞタナカ!? どうなっておる!?」
二人の異世界人は楽しく車の初見リアクションを繰り広げている。どうやら向こうの世界では科学は発達していないみたいだな。
まるで過去からタイムスリップしてきたみたいな反応を続ける二人を尻目に、俺は車の中で目を閉じ久しぶりの休息を取るのだった。
◇ ◇ ◇
ダンジョンから脱出し無事魔対省についた俺たちだけど、その後もバタバタと忙しかった。
まずはリリシアとダゴ助を入念に検査した。二人はダンジョンから生まれた存在ではない。未知のウイルスや病原菌を持っている可能性もある。
なので入念に検査されたのだが、ひとまず人に有害なものは発見されなかったみたいだ。なら俺も帰れるか……と思ったけどそれは許されなかった。
リリシアだけじゃなくダゴ助まで心細いから俺に帰らないでくれと泣きついてきたのだ。
そうされると弱い。仕方なく魔対省でシャワーだけ浴びさせてもらい、魔対省のゲスト用の部屋のベッドで寝たのだ。
「ふあ……ねむい」
いつもよりふかふかのベッドで寝た俺は、伸びをしながら起き上がる。
ぐっすり寝たおかげで疲れも取れた。これなら今からダンジョンに潜ることもできそうだ。やらないけど。
顔を洗い、スーツに着替えながらスマホを確認する。
するとニュースサイトもSNSも俺たちの話で持ちきりだった。特にリリシアのことは世界中で報じられているみたいだ。
どの国も彼女から話を聞きたがっているだろうな。お偉いさんが焦って強硬手段に出るのも無理ないか。
などとぼけっと考えていると、突然バン! と扉が勢いよく開かれる。
「おう起きたか田中! 今回はご苦労じゃったな!」
「堂島さん!?」
鼓膜が痺れるほどの大きな声を出しながら入ってきたのは、ここ魔対省の大臣、堂島さんだった。魔対省にいるんだから堂島さんがいるのは普通なんだけど、朝一番にこの人の顔を見るとびっくりしてしまう。迫力が凄いのだ。
「いやー来るのが遅くなってすまんな! 色々根回しをしてたら一晩経ってしまったわ!」
がはは、と笑い飛ばす堂島さん。
きっとリリシアたちを保護するに当たって起きる問題を解決していたんだろう。スーツのよれ具合を見るに寝ずに働いていたみたいだ。それなのに疲れを一切見せないのはさすがだ。
「さて、起きぬけで悪いがもう少し付き合ってもらうぞ。エルフの嬢ちゃんがお前がついてこないと外には出んと言ってるからな」
「……分かりました」
行くのは確定みたいなので無駄な反抗は諦める。
拾ったからには面倒を見なくちゃいけない。どうせ家に帰っても寝るだけだしな。
「それでどこに行くんですか? あまり外に出ない方がいいんじゃないですか?」
「まずは魔導研究局で二人の追加検査を行う。その後は首相官邸で総理と対談し、その後はリリシア殿にメディア向けの映像を撮らせてもらう。はは、楽しくなってきたな!」
「ええ……まったく」
恐ろしくぎゅうぎゅうなスケジュールにうんざりしながら、俺は堂島さんと共に部屋を出るのだった。
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