第26話 田中、政府と戦う

「相手は頑丈です。殺す気でやって構いません」


 五十住がそう指示を出すと、彼の部下三人が俺を囲むように陣を取る。

 それぞれ手には短刀、鎖鎌、そして槍を持っている。


「まるで忍者だな……」

「ご明察です。我らの祖は幕府に仕えた『御庭番衆』。その使命は裏からこの国を守ること。時代は変われどその精神は代わりません」


 なんと、本当にNINJAだったとは。

 配信に乗っていたら外人視聴者が狂喜乱舞したことだろう。配信が止まったのも彼らがなにかしらの手段でジャミングしたんだろうな。現代のNINJAはハイテクも使いこなせるというわけだ。


「――――ハッ!」


 などと考えていると短刀を持った男が高速で斬りかかってくる。

 独特な歩法で距離感がつかみにくい。だがこれくらいの速度であれば惑わされることなく捉えられる。


「よっ、と」


 短刀の軌跡を見切り、ギリギリまで引き付けてから回避する。そして目の前に出された相手の手首を片手でつかむ。


「なっ!?」

「少し痛いぞ。受け身は取れよ」


 そのまま相手の力を利用し、ぐるんと地面に投げつける。

 橘流柔術、風車かざぐるま

 剣術で有名な橘流だけど、その技の中には剣術以外のものも含まれる。大昔の合戦時、橘流の剣士は武器を失っても油断するなと言われたそうだ。実におっかない。


「が……っ!?」


 ガン! と地面に叩きつけられた男はそう声を出すと、意識を失う。

 彼が叩きつけられた地面には大きな亀裂が入っている。どうやら上手く受け身を取れなかったみたいだな。俺が師匠と修行している時は上手く受け身が取れるようになるまで投げられ続けたものだ、懐かしい。


「く……っ」


 政府の男たちは武器を構えたまま俺を睨みつける。

 どうやら俺が大きな抵抗はできないと踏んでいたみたいだ。それかダンジョンに長く潜っていたから疲れていると思っていたのか? まあ確かに斬業モードも使ったし疲れてはいる。だけど、


「こっちは残業終わりで疲れてます……上手く手加減・・・できるかは保証できません。それでもよければかかってきてください」


 体から魔素を放出し、威圧する。

 しかし相手は命が惜しくないのかまっすぐに突っ込んでくる。


「やりづらいな……」


 できるなら人間はあまり斬りたくない。相手が政府の人間なら尚更だ。

 剣を使わず、素手で戦わなきゃな。


「はっ!」


 相手二人は挟み込むようにして俺に襲いかかってくる。

 槍と鎖鎌による、連携の取れた動き。特に鎖鎌の軌道は読みづらいので普通の人間だと混乱するだろう。

 だが相手の手元をよく見れば、意外と軌道を読むのは難しくない。俺は鎖鎌の軌道を読み切り、向かってくる分銅ふんどうをパシッとつかむ。


「なっ!?」

「よっ、と」


 捕まえた分銅を引き寄せると、相手の男の足が地面から離れ、こちらに飛んでくる。どうやら手を離すのが間に合わなかったみたいだ。

 これはラッキーだ。俺は飛んできた相手のボディにトンッ、と軽くジャブを打ち込む。


「みぎゅ」


 潰れたカエルのような声を出して、男はその場に膝をつく。

 よし、あと一人だ。


「この……っ!」


 男は槍を突き出し攻撃してくる。

 俺は避けるのも面倒なのでその一撃を腹筋で受け止める。よし、上手く挟み込めた。


「な、槍が動かな……!?」


 相手が困惑している間に、俺は槍の先端を手刀で斬り落とす。

 そしてただの棒を握っている相手の首を右手でがっしりとつかむ。男は棒を離して俺の手を無理やり外そうとするが、俺はそこそこ力を入れているので外すことはできない。


 よし、これで制圧完了だ。

 そのまま五十住の方に視線を移す。


「私の勝ちです五十住さん。これ以上は命に関わります。退いてください」

「……まさかこれほどの強さとは。映像では知っていましたが実際に見ると圧倒されますね。素晴らしい」

「?」


 五十住は驚いてこそいるが、慌ててはいなかった。

 もう少し強めに脅さないと駄目か?


「申し訳ありませんが、そのような交渉は我らには通じません。我らの命など、とうに国に捧げているのですから」

「なにを言って……おわっ!?」


 首を掴んでいた相手が突然どこからかナイフを出し、俺に斬りかかってくる。

 こんな状況で抵抗してくるなんて。俺はとっさに掴んでいる手の人差し指を首に突き刺す。


「ご、あ……」


 すると男はがくりと項垂れて意識を失う。

 橘流柔術、活き締め落とし。相手の首に指を刺すことで気道を塞ぎ気絶させる技だ。危ない危ない、思い切り首を締めたら殺してしまうところだった。


「……凄まじい力です。我々では束になっても勝てないでしょう。しかし捨て身で向かってくる我々を『殺さず』に、後ろの方々を『守り』きれるでしょうか?」


 五十住がそう言うと、スーツを来た男が十名ほどスタッと高速で現れる。

 うげ。どうやら思っていたより仲間を引き連れていたようだ。


 正直なところ、守るだけなら疲れてる今でも余裕だ。だけど二人を守りながらあの人数を相手にするならそれなりに力を出さないといけない。

 しかし力を出すと、相手を殺してしまいかねない。モンスターが相手なら気が楽なんだが……。


「それでは、観念してください」


 五十住の部下が各々の武器を構える。

 やるしかないか。そう覚悟を決めた次の瞬間、


「そこまでです。刃を収めなさい」


 凛とした声がダンジョンの中に響き渡る。

 そして声から一秒遅れてピキピキピキ! という音と共に地面が厚いで覆われる。その氷によって男たちの足は氷漬けになり、身動きが取れなくなる。

こ、この魔法は……。


「なんとか間に合ったようね」


 そう言いながら、一人の女性が姿を現す。

 それを見た五十住はぎり、と歯を鳴らしながら彼女の名を口にする。


「天月、奏……っ!」

「魔物対策省大臣、堂島龍一郎よりこの場を預かりました。これ以上の戦闘行為、及び本人の意志を無視した保護行為は私が許しません」


 俺の世界一頼りになる幼馴染みは、そう毅然と言い放つのだった。

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