第25話 田中、足止めされる

「政府の人間……ですか」


 現れた男の言葉を聞き、俺は警戒度をぐっと引き上げる。

 はいそうですかとリリシアを引き渡すほど、俺は騙されやすくはない。


「はい、私はとある政府組織に属しています五十住いそずみと申します。お見知り置きを、田中様」


 胡散臭い笑みを浮かべる五十住。きっとその名前も偽名だろう。

 どこを信用すればいいのか分からないくらい胡散臭いけど、彼らが政府の者であることはおそらく本当だと思う。

 でなければ政府が管理しているこのダンジョンに簡単に入ることはできない。だが、


「仮に貴方が本当に政府の人間として、ここで引き取ろうとする理由はなんでしょうか? 私は元々魔対省の仕事でこのダンジョンに来ました。当然彼女は魔対省に保護してもらうつもりです」


 異世界から来たお姫様なんて、一社会人の俺の身には余る。堂島さんと天月に彼女は保護してもらうつもりだ。

 そうすることくらい政府の人間なら分かるはず。なのにこうやって秘密裏に身柄を引き受けようとするということは、俺が魔対省に彼女を引き渡しては困るということになる。


「どうしてもここで身柄を引き受けたいのであれば、魔物対策省の堂島さんか天月を呼んでください。そうすれば貴方がたを信じましょう」

「……はあ。我々としても穏便に事を運びたかったのですがね」


 五十住がそう呟くと、男たちがずいと前に出てくる。

 実力行使も辞さない感じだ。


「政府も一枚岩ではないのですよ。魔対省のぬるいやり方では困る方がいるのです。『彼女』の価値は果てしなく高い……存在を徹底的に秘匿し海外の人間の目に留まらないようにしなくてはいけません。堂島大臣では情を捨てきれない、今はそんな甘いことを言ってられる局面ではないのですよ」


 確かに堂島さんは保護した人にもある程度の自由をあげるだろう。監禁するようなことは絶対にしない。

 だけどそれじゃ困る人がいるってわけだ。


 ここまで迅速に、そして強行的な手段を『表』の政府が取るようには思えない。

 総理大臣とかとは違う、表に出てこない権力者が親玉ボスってことか。きっと目の前にいるこいつらも『存在しない』ことになっている組織だろう。


 そういえば秘密警察的な人知れず汚れた仕事を請け負う組織が日本にもあると堂島さんに聞いたことがある。こいつらはそれなんだろう。

 そんな奴らにリリシアを渡したらどう扱われるか分かったものじゃない。渡すわけにはいかないな。


 俺は抱きかかえていたリリシアを降ろし、後ろに下がらせる。


「あいつらは危険だ。少し下がっていてくれ」

「わ、分かったわ。タナカを信じる」


 リリシアは混乱している様子だけど、そう言って俺の言う通り動いてくれる。

 どうやら信頼してくれているみたいだ。この状況だと非常に助かる。


 それを見た自称五十住は眉をぴくりと動かす。


「……よろしいのですか? 我々の権力は貴方が思うよりも大きい・・・。良くない結果になると思うのですが」

「や、やいやい! 好き勝手言いやがって! 俺たちゃ道具じゃねえんだぞ!」


 するといきなり今まで黙っていたダゴ助が口を挟んでくる。

 相手の失礼な物言いに我慢できなくなったみたいだ。


「異世界の魚人、ディープワン。あなたももちろん確保対象です。エルフの姫様より重要度は落ちますけどね。あなたも我々とともに来て色々と話していただきますよ」

「だ、誰がてめえらと!」


 ダゴ助は威勢よく言うけど、少しビビっている。


 さて、どうしたものか。

 出口が塞がれている以上、二人を抱えて逃げるのは難しいだろう。


 となると戦って抵抗するしかなさそうだけど、政府の人間を倒してしまって大丈夫だろうか。あいつらの権力が大きいというのは事実だろう。堂島さんでも庇いきれるか分からない。


 そう考えていると、五十住が合図を出し、部下の一人がこちらにやってくる。

 そしてリリシアの腕をつかもうとしたので、反射的にその手を掴んで止めてしまう。やっぱり黙って見過ごすわけにはいかない。


「一つ教えてください。彼女たちの人権は保証されるのでしょうか」

「安全は保証するが、それ以上のことは保証できない。この世界の人間ではない以上、人権はない」


 興味なさげにその男は言う。

 その言葉で俺の心は決まった。俺は掴んだ腕を振り回しその男を地面に叩きつける。


「が……っ!?」


 覚醒者だったんだろう。男の体は頑丈だったがその衝撃に耐えきれずがくりと意識を失う。

 一連の行動を見ていた五十住は、眉をぴくりと動かす。どうやら少しは動揺したみたいだ。


「交渉決裂、と考えてよろしいのでしょうか。賢い選択だとは思えませんね」


 倒れた部下を見て、五十住は不機嫌さを含ませながら聞いてくる。

 まさか抵抗するとは思ってなかったんだろう。確かに社畜時代だったらお上に逆らうことなんてなかっただろう。だけど、


「申し訳ありませんが会社員を辞めた時にやめたんですよ。権力に黙って従うのはね」


 俺はそう答え、今日最後の仕事に臨むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る