第23話 田中、魔王を看取る

 魔王ルシフの体は俺の斬撃により、半分になってしまっていた。

 腰から下はなくなっており、その切断面からは大量の血が流れ落ちている。


 いくら普通の人間よりずっと頑丈な魔王であろうと、これだけ血を流していたら無事では済まないだろう。


「少し待ってろ」


 いくら敵とはいえ、このまま死なれるのは忍びない。俺はポケットの中から回復薬ポーションを出して治療しようとするが、


「いい……大丈夫だ。私は満足した、治療の必要はない」


 魔王はそれを拒否した。

 確かに魔王は満足そうな表情をしている。強がりで言ってたり騙しそうとしているようには見えない。

 本人がそれを拒否していると、回復薬ポーションの効果は薄くなる。俺は無理強いせず、回復薬ポーションを一旦しまう。


 それを見て満足そうに笑みを見せた魔王は、口を開く。


「タナカ、貴様には感謝している。これほど満ち足りた気持ちになったのは初めてだ……だからこそ、申し訳ない。私では貴様の全力を引き出すことができなかった……」


 魔王は目を伏せ、申し訳なさそうに言う。


「……そんなことないさ」

「謙遜しなくてもいい。私では貴様の全力の半分も引き出せなかった……まさかこれほどの高みがあるとはな。もっと真面目に鍛えておくべきだった」


 魔王は視線を上げると、俺の目をじっと見つめる。

 その顔色はどんどん悪くなっている。最後の時は近いようだ。


「タナカ、一つだけ聞かせてくれ。それほどの力を持ち、むなしくはならないのか? 私はなった。ゆえに強者と戦うために様々な種族や国家に侵攻し、自分を倒してくれる者が現れるのを待ったのだ」

「……まあ確かにそんなことを思うことは、ある」


 力を制限して戦うと、どうしてもストレスがかかる。

 俺もたまにはのびのびと戦いたくなることがないわけではない。


「だけど戦うだけが全部じゃない。仲のいい奴と飯を食べたり、酒を飲んでくだらないことを喋ったりできれば意外と満足できるもんだ」

「……なるほどな。私にも友がいれば、貴様のように生きることができたのかもしれないな」


 納得したように魔王は言う。

 すると魔王の体が、端から段々と崩れていく。どうやら体を維持するのが限界のようだ。


 その様子を見ていると、エルフのリリシアが横にやってくる。


「魔王ルシフ……どうやら貴様もお終いのようだな」

「エルフの姫か。くく、良かったな。今ならそのなまくらでも私の首を落とすことは容易いぞ」

「見くびるな。貴様は憎い仇だが、死に行く者の背を押すような真似はせぬ。その手で葬った罪なき者に詫びながら逝くといい」


 リリシアは毅然と言い放つ。

 すると魔王は驚いたように目を丸くした後、納得したように「ああ、そうさせてもらおう」と言った。


 このまま消えていく……かと思われたが、最後に魔王は俺の方を向く。


「タナカ。私はおそらく何者かの手によって・・・・・・・・・この世界に送られた。その行動になんの理由もないとは思えない」

「……!!」


 魔王はとんでもないことを言い出す。

 これは重要な証言だ。俺は集中してその言葉を聞く。


「おそらくエルフの姫と邪神の眷属も同じであろう。何者かが、なにか目的があってそれを行った。もしかしたらこの世界にダンジョンがあるのも、そいつの所為かもしれない」


 確かにダンジョンが異世界から来たものならば、そいつが犯人の可能性は高い。

 異世界とこっちの世界を繋ぐことができる奴がそう何人もいるとは思えないからな。


「次元を跨いで移動するなど、魔王である私もそうやすやすとは行えない。そいつは未知の技術を使う厄介な相手だろう、だが」


 魔王ルシフは俺の目をまっすぐ見ながら、言い放つ。


「お前なら負けることはない。遠慮なくぶっ飛ばしてやるといい」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 そう返すと、魔王は笑みを浮かべ、頷く。

 そして最後に天を仰ぎ……満足そうに消えていった。


 その様子を見届けたリリシアは、俺の方に向き直る。


「感謝する、タナカ。貴公のおかげで、我らの無念は果たされた。きっと同胞も喜んでいることだろう。この恩は必ずや返させてもらう」

「そんなにかしこまらないでいいですよ。仕事をしただけですので」

「いいやそうはいかん! 魔王を討伐したんだ、それ相応の褒美をあげないとエルフの名が廃る!」


 リリシアさんはそう言って詰め寄ってくる。

 うーん、どうしよう。本当にお礼なんていらないんだけど。それより今は早く帰ってシャワーを浴びて寝たい。

 そう思っていると「カラン」となにか硬い物が地面に落ちるような音がする。

 

「ん?」


 見れば魔王がいた位置に、小さな球体が転がっていた。

 その球体には徐々に亀裂が入っていっており、少しすると唐突にパリン! と音を立てて割れた。


「あ」


 まずい予感がして、思わずそう呟く。

 すると次の瞬間ゴゴゴゴゴ! とダンジョンが強く揺れ出す。どうやら俺の嫌な予感は大的中したみたいだ。


「な、なななんだいったい!?」

「さっきのはダンジョンコアだったんです! 急いで逃げますよ!」


 魔王ルシフがこのダンジョンのボスに設定されていたみたいだ。

 その結果彼の体内にコアが生成され、俺がそれを倒したことでコアも壊れてしまった。


 コアを壊せばダンジョンは消滅する。このままジッとしてたら俺たちは仲良く生き埋め。それだけは避けなければいけない。


「ダゴ助、走れるか!?」

「ま、任せてください! 行けますぜ兄貴っ!」


 少し離れたところで待っていたダゴ助は元気よく答える。

 少しダメージは残っているみたいだが、走る気力は残ってそうだ。


「リリシアさんは大丈夫ですか?」

「わらわも大丈夫……いっ!」


 走ろうとしたリリシアさんは足を痛そうに押さえる。

 どうやら怪我をしているみたいだ。走るのは厳しそうだな。


「き、気にするな。わらわは誇り高きエルフの姫。これくらいなんともな……にょわ!?」


 抵抗されないよう高速で近づき、お姫様だっこするとリリシアさんは可愛らしい悲鳴を上げる。申し訳ないけど手段を選んでいる余裕はない。無理やりでも運ばせてもらう。


「な、なにをしているタナカ!」

「すみません。苦情クレームなら後で受け付けますので」

「いいから一回降ろし……きゃあ!? 速いっ!!」


 俺は顔を真っ赤にするリリシアさんをしっかり支えながら、ダゴ助と共にダンジョンから脱出し始めるのだった。


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