第12話 田中、出会う
「ぜえ、ぜえ、流石に疲れてきたぜ……」
ダンジョンをしばらく降りていると、ダゴ助がそう弱音を吐く。
確かに俺たちは動き通しだ。絶えずモンスターが襲ってきているのでロクに休憩できる暇がない。
それにしてもまさかここまで深いダンジョンだったとはな。気づけば
会社員時代を思い出して俺は少し憂鬱になる。
「……それにしても随分ダンジョンの雰囲気が変わったな。上の方はどこか神聖な感じがしたものだが」
ここのダンジョンは潜れば潜るほど、空気が悪くなってくる。
単純に魔素が濃くなったから、というだけではない。死の臭いと言ったら分かりやすいか、そう言った嫌な雰囲気がどんどん濃くなってきている。
それを裏付けるように、モンスターはスケルトンなどのアンデッド系モンスターばかりになってきた。
世界樹の根も黒くて腐っている部分が多く見られる。
「確かに嫌ぁな雰囲気がしやすね。でもこれがなにか気になるんですか?」
「ダンジョンの見た目は、ボスと密接な関係がある。巨大な木のダンジョンだから木のモンスターがボスだと思っていたが、そう簡単に推測できなくなってきたな」
例えば水場が多いダンジョンであれば、ボスは水棲モンスターであることがほとんどだ。何事にも例外はあるけど、この法則から外れるダンジョンはほとんどないと言っていいだろう。
このダンジョンはほとんどが『木』でできているからボスもそうだと思っていたが……奥に進めば進むほどそうではないのかという気持ちが強くなってくる。
なにかもっと邪悪なボスが出てきそうな雰囲気がある。
"確かに嫌なふいんきだな(なぜか変換できない)"
"やっぱアンデッド系ボス?"
"ジェネラルスケルトンとか、アンデッドドラゴンとかかな? スケルトンキングとかだったら苦労しそう"
"そこらへんなら苦戦しないだろ。シャチケンだぞ?w"
"確かに笑"
"でもなんで途中からダンジョンの様子変わったんだろ、こんなの他にある?"
"ダンジョン配信を毎日見てるけど、他に見たことないな"
"なんでだろうな。もしかしてボスが二体いるとか"
"はは、そんなわけないだろw ……ないよな?"
"少なくとも前例はない。まあシャチケン自体は前例ない場面に出くわす達人だけど"
"フラグビンビンで草"
……正直今コメントで話題になっていることは、俺も考えた。
このダンジョンは前半と後半、ちょうどダゴ助と会った前後で様相が様変わりしている。ダンジョンに数え切れないほど潜っているけど、こんなダンジョンを見たこと、今まで一度もない。
だから俺はダンジョンの様子が変わった理由は分からない。
一番ありえそうなのは、コメントに出ている『ボスが二体いる』ということ。これなら簡単に説明がつく。どっちのボスの影響も受けたから、こんな歪なダンジョンになってしまったんだ。
だけどそう決めつけるのは早計だ。なにが起きても対処できるよう、身構えておこう。
「お、この下が終点みたいですぜ兄貴」
目の前の大きな穴を覗きながら、ダゴ助は言う。
俺は「よし、行くぞ」と呟いたあと、ぴょんと根から飛び降りて下に向かう。
「ちょ、待ってくださいよ兄貴!」
"相変わらず躊躇なくて草"
"行ったれシャチケン!"
"なんでディープワンの方が気後れしてるんですかね……"
"A,シャチケンだから"
"ダゴ助くんようやっとるよ"
"田中ァ! 頑張れよォ!"
しばらく落下した俺は、ついに世界樹ダンジョンの最下層に着地する。
「よっ、と」
「ぎゃあああああ! ぶべ!?」
後ろではダゴ助が落下に失敗して盛大に地面に激突している。
痛そうだけど、少しすると「いてて……」と起き上がる。こいつも大概頑丈だな。放っておいても大丈夫そうだ。
「結構広い空間ですね」
「ああ」
そこは開けた空間だった。
根も地面も黒く染まっており、空気には濃厚な魔素が充満している。
いかにもボスが現れそうな空間だが……待っても誰も襲ってくることはなかった。
「……なにも起きやせんね」
「ああ、こんなことは初めてだ」
「そうなんですね。しかしモンスターが来ないとなると……
「そうだな……」
俺たちはそう言って視線を最下層の
そこには『光の球』が鎮座していた。直径は20メートル程度だろうか、かなり大きい。
中央にある巨大な根の先端を覆うように存在するその球体は、明らかに他の場所とは一線を画す異常性が感じられた。
「なんですかね、これ」
「うーん、結界魔法によく似ているな。こんな種類の物は初めて見るけど」
俺たちはその球体に近づき、まじまじと観察する。
光り輝くその球体の表面には、いくつも模様や文字のような物が浮かんでいる。いったいそれがなにを意味しているのかは、残念ながら分からない。
「……見ていても仕方ない、か」
俺は意を決して、その球体を触ってみる。
すると俺の手は球体をするりとすり抜け、その奥に行ってしまう。
「あ、兄貴!? 大丈夫なんですか!?」
「ああ。少しあったかいくらいだ。痛みとかはない」
手を出したり入れたりしてみるけど、特に異常は見られない。結界が機能していないのか、それとも俺は敵とみなされていないのか。分からないけど中を調べるのに苦労はしなさそうだ。
「じゃあ俺も中に……って、痛あっ!?」
光の球に手を触れたダゴ助は吹き飛ばされ、地面を転がる。
触れた手は真っ赤に腫れている。痛そうだ。
「なんで俺はダメなんだよォ!」
「どうやらこの結界の主は、お前と仲良くないみたいだな」
「うう、俺みたいな人畜無害なディープワンを、酷いぜ」
悲しそうにするダゴ助。
コミカルな言動をしているから忘れがちだけど、こいつは邪神の部下だ。敵視するものは多いだろう。
「俺が見てくる。ダゴ助は大人しくしててくれ」
「……分かりやした。気をつけてくださいね兄貴」
俺はその言葉に頷き、光の球体の中に入っていく。
その中は外と違って緑に溢れていた。根も腐ってなくて世界樹上層部と似た澄んだ空気で満ちている。どうやらこの中は外の嫌な空気が入ってこないみたいだな。
「あれは……」
この空間の中心部。
世界樹の根の先端部分になにかがいる。
剣に手をかけながら、ゆっくりと近づく。
根の先端部分はまるでベッドのようになっていた。木の根と葉っぱで作られた、天然のベッド。その上で誰かが寝ている。
「すー、すー」
可愛らしい寝息を立てているそれは、人であった。
とても美しい見た目をしている、金髪の女性。彼女は体を丸めながら気持ちよさそうに寝ている。胸元にはきらびやかな剣があり、それを抱えるように眠っている。
"え、誰?"
"めっちゃ綺麗な人だな"
"この人本当に人間?"
"つうか胸もデカすぎる"
"顔整いすぎてて怖いレベル"
"少なくとも日本人じゃないよね?"
"外人でもこんな美人おらんぞ"
"……ん? この人の耳、なんか変じゃない?"
ゆっくりと木のベッドに近づいた俺は、あることに気がつく。
その女性の耳は……明らかに長く、尖っていた。このような特徴を持つ種族を、俺は知っていた。
「ん、んん……」
その女性は声を漏らしながら、ゆっくりと目を覚ます。
伸びをしながら体を起こした彼女は、俺の存在に気がつくと「へ、誰っ!?」と驚いたように叫ぶ。誰と聞きたいのはこちらの方なんだけどな。
「なんで
「お、落ち着け。いったん話をだな……」
宥めようと近づくが、その女性は抱えていた金色の剣を抜いてその先端を俺に向ける。穏やかじゃないな。
「剣を下げてもらえないか?」
「う、うるさいっ! わらわを誰と心得る!」
「いや知らんが……」
面倒くさいことになりそうだと思いながらそう返事をする。
すると彼女は「わらわを知らんだと!?」と驚いた後、自分の身分を口にする。
「わらわは誇り高きハイエルフの一人にして、聖樹国オルスウッドの姫。リリシア・オルフェウン・オルスウッド! この名を知らぬとは言わせぬぞ!」
そう、このリリシアと名乗った女性はファンタジー作品によく登場する『エルフ』と同じ外見をしていた。
参ったね、喋る魚人の次はエルフか。いったいなんでこうヤバいものが俺の前に立て続けに現れるんだ?
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