第10話 田中、決断する

「ダンジョンの……下?」


 ダゴ助のまさかの言葉に、俺は戸惑う。

 もうこのダンジョンに入ってそこそこ経つが、下からやばい気配は感じたことがなかった。


「へえ、俺っちはほら、見ての通りビビりなんでそういう気配に敏感なんですよ。下からはヤバい奴の気配がするし、上にはなんか大量の生き物がいるしで上にも下にも行けずこの湖で立ち往生したたんでさあ」


 上の大量の気配というのは、ダンジョンの外の人間のことだろう。

 このダンジョンは東京の地下にあるからな。

 さすがの俺でもここから地上の人間の気配をたどるのは中々難しい。ダゴ助の感知能力はかなり高いと見て良さそうだ。


「その『ヤバい奴』ってのは誰なんだ? お前の同族だったりするのか?」


"確かにそれは気になる"

"クトゥルフだったりしない?w"

"SAN値直葬不可避"

"このダンジョンやばすぎて草"

"ま、一番やばい奴が画面に写ってるんですけどね"

"確かにシャチケンが一番ヤバいなw"


「詳細は分かりやせんが、少なくとも俺の同族ではないと思います。同族だったら助けを求めに行ってますからね」

「……それもそうか」


 さて、どうしたものか。

 ダゴ助は絶対に地上に送り届けなくてはいけないが、ダンジョンの底にいる謎の気配についても気になる。


 もっとも無難なのは、ダゴ助を急いで地上に送り届けた後、再び一番下を目指すというルートだ。だがこの方法は一番時間がかかる。ここから登ったら地上に出るまで半日はかかるだろう。そのヤバい奴を長い時間放置していいのかという疑問が残る。

 これは俺の勘だ。なんの根拠もない勘だけど……そいつを放置したらマズい気がする。なにか取り返しのつかないような焦燥感。こういう勘はだいたい当たるので、そいつを放置したくはない。


 次に考えられるのは、ダゴ助を一人で地上に行かせて、俺は一人でダンジョンを潜るという方法だ。これならもっとも時間を無駄にしないで目標を達成できる。

 だが……ダゴ助を一人で行かせて大丈夫なのかという疑問が残る。

 ダゴ助は気のいい奴だが、見た目はまるきりモンスターだ。一人で地上に出て、どんな問題が起こるかわからない。魔対省が保護してくれたら安心だが、保護するより先にどこかの団体が攻撃をしかける可能性がある。

 そもそも魔対省の職員が攻撃する可能性だってある。どんな組織も一枚岩じゃないからな、モンスターを強く憎んでいる職員も多いはずだ。


 海外の組織が首を突っ込んできてダゴ助を拉致する可能性も高い。そうなったら良い子には見せられない解剖実験は免れないだろう。一人で動かすのはあまりに危険だ。


 ここに一人で待っていてもらうという手もあるけど、ダゴ助を回収しにここまで来る可能性もある。そっちも同様に危険だろう。


"シャチケンどうするんだろ"

"さすがに帰ってくるんじゃない?"

"でもそんなヤバい奴放置してほしくないわ"

"うーん、むずいな"


 この問いに完全な正解はない。

 俺は熟考に熟考を重ね……ある決断をする。


「ダゴ助。俺と一緒にダンジョンの奥まで来てくれないか?」

「へえもちろんで……って、ええ!?」


 綺麗なノリツッコミを決めるダゴ助。

 こいつ関西育ちじゃないだろうな?


「なんでわざわざ行くんですかい!? そいつが目的じゃなかったなら放っておけばいいじゃないですか!」

「知ったからには放っておくことはできない。このダンジョンの上にはたくさんの人間がいる。危険な存在は倒さなくちゃいけない」

「そりゃあそうですが……」


 ダゴ助は明らかに嫌そうな顔をする。

 よほどその『ヤバい奴』が怖いんだろう。


「お前が嫌がるのは理解できる。だが俺を信用してほしい。なにがあってもお前だけは無事で帰す」

「兄貴……! 分かりやした! このダゴ助、地獄だろうとお供いたします!」


 ダゴ助は胸を叩いて決意を表明する。

 なんとか納得してくれたみたいだ。


"【悲報】ダゴ助くん、ちょろい"

"いや俺もシャチケンに頼まれたら断れんわ"

"プロポーズだろこれ"

"いや下に行って大丈夫? 帰ってきたほうが良くない?"

"普通はそうだけど、まあ田中だし大丈夫だろ"

"田中ァ! 気をつけろよォ!"

"実際もう帰るのかと少しがっかりしてたから助かる"

"ヤバい奴見たいもんなw"

"ドキがムネムネしてきた"


 出していたテーブルセットを片付けた俺は、ダゴ助と共にダンジョンの下に続く道に立つ。

 下から漂ってくる魔素はかなり濃厚だ。当然出てくるモンスターも強力になっているだろう。


「もういい時間だ。飛ばしていくけど大丈夫そうか?」

「ま、任せてくだせえ! 兄貴と一緒ならたとえ火の中、水の中でさあ!」


 こうして新たにできた仲間とともに、俺はダンジョンの奥を目指すのだった。

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