第6話 田中、殴り合う

「グウゥ……」


 魚人は俺が近づくと低い唸り声を上げる。

 かなり警戒しているみたいだ。牙を剥き出しにして威嚇してくる。


「ガァ……アァッ!」


 堰を切ったように飛び出す魚人。

 右の拳を堅く握りしめ、殴りかかってくる。


"来た!"

"速すぎる!"

"怖すぎて草"

"なんなんだよこいつ!"

"シャチケンいけるか!?"


 俺は魚人の拳をさばき、懐に潜り込む。

 確かにこいつの腕力は強いが、戦い方は荒く稚拙だ。知性があるかは分からないが、少なくとも武術の覚えはないみたいだ。


「はッ!」


 お返しとばかりにこちらも魚人の腹を思い切り殴り飛ばす。


「ガアッ!?」


 魚人は苦しそうに表情を歪めながら後方に吹き飛び、着地する。結構強めに殴ったはずだが、まだ戦意は消えていない。やはり頑丈だ。須田よりは間違いなく強いな。


"あの魚人強くない?"

"シャチケンと殴り合えるとか何者だよ"

"強すぎる"

"やるやん魚人くん"

"モンスターを褒める流れなの草"

"しょうがない、今までまともに戦えるモンスターがほとんどいなかったからね"

"いつの間にか真っ二つに斬られているのがデフォだからな"

"ていうか本当にあれ魚人なの? 絶対普通のモンスターじゃないでしょ"


 コメントでも言われているが、あれは普通の魚人じゃないだろう。

 前に魚人と戦ったことはあるが、あんなに強くはなかった。魚人はAランクのモンスターだが、目の前のあれはSランク以上の強さはある。


「……あれを使ってみるか」


 小さく呟き、俺はポケットの中からある機械を取り出す。

 これの名前は『迷宮解析機アナライザー』。まるで速度を計るスピードガンのような形をしたこれは、対象の姿形フォルムや魔素情報を読み込み、データベースから対象物のデータを引っ張ってくることができる。

 この機械なら未発見のモンスターでも、迷宮情報端末アーカイブから情報を得ているモンスターであればその情報を見ることができる。試す価値はあるだろう。


 迷宮解析機アナライザーは政府の人間しか所持していないが、堂島さんに頼みこんで一つだけ譲ってもらうことができた。後でまた礼を言っておかないとな。


「解析開始、と」


 遠くからこちらの様子を伺っている魚人に向けて、迷宮解析機アナライザーを起動する。

 するとすぐさま解析が終わり、相手の情報が空中に映し出される。


・ディープ・ワン ランク:EXⅠ

魚人によく似たモンスター。

邪神に仕えており、群れで行動することもある。

鋭いヒレと歯、強靭な肉体を用いて戦闘する。

政府特記:発見例なし


「ディープ……ワン?」


 聞き覚えのない名前に俺は首を傾げる。

 最後に書かれていることを見るに、やはり未発見のモンスターだったみたいだ。


"ディープ・ワンってやっぱりクトゥルフじゃないか!"

"マジで知らんモンスターで草"

"まあ魚人の一種と考えていいだろ"

"ショゴス以外にもクトゥルフモンスターおったんやな"

"SANチェックしなきゃ……!"

"ディープワンとか知らん過ぎる"

"まあ普通の人は知らないでしょ。知ってるのは俺みたいなマニアくらいのものよ(眼鏡クイッ)"

"凄いドヤ顔してそうで草"


 コメントを見るに、こいつもショゴスと同系列のモンスターみたいだ。

 通りで見ていると頭が少し痛むわけだ。耐性があるとはいえ精神汚染能力には気をつけなくちゃな。


"つうかEXⅠってなに? ランクEXって測定不能でそれ以上の区分分けされてなくね?"

"あー、なんかシャチケンが倒しちゃったからEXランクも区分分けいるよねってなったらしい"

"ショゴスもEXⅠに再分類されたって聞いたぞ"

"ということはこの魚人もEXランクの中では一番弱い部類ってこと?"

"それは違いないけど、EXランクは全員首都壊滅級だから油断できんぞ"

"ショゴスに滅ぼされた街もあるしな"


 コメントの言う通り、EXランクは五段階に分けされるようになった。

 EXⅠが一番弱くて、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴと強くなっていく。その区分は迷宮情報端末アーカイブに載っていない情報なので、政府がそのモンスターの魔素量から独自に算出しランク付けしている。


 まあとにかく、相手はEXランクの中では一番弱い部類だが、油断はできということだ。

 このダンジョンが活性化しているのも、こいつの可能性が高い。確実にここで倒しておいたほうが良さそうだ。

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