第5話 田中、着地する
根から飛び降りた俺は、世界樹ダンジョンの地下をぐんぐんと降下する。
ふむ、思ったより深い。下は真っ暗でまだ底が見えない。
時々大きな根が行く手を遮るので、時折避けたり斬ったりして落下する。
"ぎゃあああああ!!"
"長すぎる!"
"うぷっ"
"おろろろろ"
"楽しいぃ!"
"お前らもっと三半規管鍛えろよ……うぷ"
"軟弱な奴らが多いな、初見か?w"
"三半規管マウント草"
落下中の映像は中々酔うみたいなので、なにかしら対策をしようと思ったけど、それは足立に止められた。なんでもそれも一つのコンテンツになっているらしい。
うーむ、よく分からん。配信は不思議でいっぱいだ。
「……ん?」
下の方でなにかが動くのが見えた。
あれは……根か? 一本の根っこがうねうねと動き、その先端を俺の方に向ける。
そして先端がかぱっと口のように開く。
「あれはツリードラゴンか珍しいのがいるな」
ツリードラゴンはその名の通り体が樹木でできたドラゴンだ。
植物が多いダンジョンに出現し、普段は樹木に擬態している。そして
木に擬態しているモンスターでいうと、他にはトレントがいるが、ツリードラゴンはそれよりずっと厄介だ。
硬い体に高い生命力。さすがはドラゴンと言ったところか。
「それがこんなに……流石に面倒くさいな」
俺はいつのまにか、四方八方をツリードラゴンに囲まれていた。
どうやらここはツリードラゴンの縄張りのようだ。十匹以上のツリードラゴンたちが、俺に狙いをつけ、牙を剥いて襲いかかってくる。
"なんだこいつら!?"
"ツリードラゴンってこんなに群れるものなの?"
"こいつもヴェノムサーペントと同じAランクだけど、場所が悪すぎない?"
"逃げ場がなさすぎる"
"でもシャチョケンならやってくれるでしょ"
"哀れなツリードラゴンくんに合掌しとくわ"
俺は空中で姿勢を制御、体勢を整え剣の柄を握る。
するとツリードラゴンの一匹が俺に噛みついてくる。
『ギャアアア!』
ツリードラゴンの牙が当たる刹那、俺は
"えええええええ!?"
"空移動してて草"
"なんでしれっと空中移動してんねん"
"六式使いだったのか"
"月歩やんけ!"
"二段ジャンプ……現実世界にも実装されてたのか……"
"マジでどうやってんだよ"
"物理法則が乱れる"
"お前はなにができないんだよ!"
なにか驚かれているけど、空中ジャンプはコツさえつかめば誰でもできる技術だと思う。
空気には独特の粘性……粘りがある。その感触を足裏でつかみ、上手く蹴り上げれば体は持ち上がる。
な? 簡単だろう?
『ギュオオオオオッ!!』
仲間をやられ、激高するツリードラゴンたち。
一斉に襲いかかってくるが、こいつらは噛みつくか巻き付くしか攻撃手段がない。いくら足場がない状態とはいえ、苦戦はしない。
「よい……しょっと!」
ツリードラゴンの一匹の頭部を受け止め、投げ飛ばして他のツリードラゴンに当てる。投げた反動で他の個体の噛みつきを回避して、脳天に剣を突き刺す。
「ふう、さすがに数が多いな」
一匹一匹はそれほど強くないけど、次から次へと現れるので面倒くさい。
無視して進んでもいいけど後ろから追ってこられるのも面倒だ。ここは一気に片付けてしまうとしよう。
俺は一回大きくジャンプして、ツリードラゴンたちの上を取る。
「我流剣術、
体を思い切りねじったあと、下に向けて力いっぱい剣を振るう。
すると巨大な竜巻が発生し、ダンジョンの中を埋め尽くす。
『ギュア!?』
その風の一つ一つは鋭利な刃物となっている。
巨大な刃の塊はダンジョンの穴をドリルのようにゴリゴリと削りながら進み、その道中にいるツリードラゴンたちを粉々に砕いていく。
"やばすぎて草"
"マップ兵器も搭載してたか……"
"こんなのもう天災だろ"
"シャチケンサイクロンと名付けよう"
"バイバイツリードラゴンくん……"
台風が過ぎ去ると、ツリードラゴンも木の根っこも綺麗に消え失せていた。
これでもう遮るものはなにもない。俺は優雅に落下を再開する。
「……暇だな」
やることもないので横になりながら落下する。
さっきの一撃に驚いたのか、その後モンスターに襲われることはなかった。
数分ほど安全に落下すると、地面が見えてくる。
「おっ、終わりか」
体勢を戻し、片手をダンジョンの壁面に突っ込む。
ガガガガ! と音を立てながら減速し、俺は安全に地面に着地する。ふう、長い旅だった。
「ここは……」
降り立った場所には、道が一つ続いていた。その道を歩いていくと、開けた空間にたどり着く。
そこには大きな地底湖もあった。モンスターの姿も見えないし、安全そうだ。
「
ダンジョンにはモンスターが現れない場所も存在する。絶対に入ってこないわけではないが、モンスターが避ける場所。そこは探索者にとってありがたい休憩地点となる。
「よし、それじゃあここで休憩にします。視聴者のみなさまも疲れたと思いますので、休憩してください。その間に私もご飯を食べちゃいます」
"休憩助かる"
"ここまでぶっ通しだったからな"
"トイレ行ってくる"
"少し寝よ"
"この配信長そうだし休憩は大事よ"
「それじゃあお昼ごはんは……このヴェノムサーペントの肉を使って料理をしたいと思います」
"楽しそうなこと始めてて草"
"トイレ行ってる場合じゃねえ!"
"休憩させる気あります?w"
"むしろ本編だろこれ"
"むしろ視聴者数増え始めて草なんだ"
"ダンジョン飯たすかる"
"モンスターの飯が見られるのはシャチケンだけなんだよなあ"
"待ってました!"
俺はテーブルを用意して、その上にヴェノムサーペントの肉を乗せる。
さっき取ったばかりなのでまだ新鮮だ。これはおいしい料理になりそうだ。
「塩焼きに香草焼き……あとはスープもいいですね。あとは……」
料理の献立を考える俺。腹が減ってきた。
視聴者の人たちも盛り上がる中……
ぴちゃ、ぴちゃ。
「……ん?」
突然耳に入る、水の滴る音。
上から水が落ちてきたのかと思ったが、違う。不思議に思い振り返ってみる。
するとそこには……地底湖から地上に出てきた、謎の生命体の姿があった。
「…………」
一言で言うなら、そいつの姿は『魚人』だった。
緑色の鱗を全身にまとって、体にはヒレやエラのような物がある。顔は完全に魚で、体格はかなりいい。身長180センチ以上はあって筋肉も発達している。
こんなモンスター、見たことがない。
明らかに異質、異常な存在に見える。
それはゆっくりとその目を動かし、俺を捉える。
いったいどういう行動に出るのかと警戒していると、突然それは高速で移動し……俺を思い切り殴りつけてきた。
「なっ!?」
とっさに両腕で防御する。
そいつの腕力は凄まじく、防御したにもかかわらず俺の体は後方に弾け飛んでしまう。
「おー、いてて」
後ろに飛びながらも俺はずざざ、と着地する。
殴られた箇所がジンジンと痛む。動かすのに支障はないが、こんなに強く殴られたのは久しぶりだ。
"ええ!? なにあいつ!?"
"え、怖すぎる"
"調べたけどマジでデータないぞ"
"新種か!?"
"それよりなんだよあの強さ、シャチケンがふっとばされるなんて初めてだろ"
"急に怖くなってきた"
"あの速さと力……確実にSランク以上だな"
騒ぎ出すコメント欄。
明らかな異常事態。そうなるのも無理はない。
だが俺は怖さよりも好奇心が勝っていた。
「いいな……久しぶりにいい運動ができそうだ」
剣を抜かず、俺は拳を鳴らしながらその魚人に近づいていくのだった。
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