第12話 田中、問い詰める

「……は、はあ!? 会社を辞めたのか!?」


 突然のカミングアウトに俺は大声を出して驚く。

 こいつが勤めている会社は、そこそこ大手の優良企業のはずだ。黒犬ブラックドッグギルドとは違って残業もほとんどなく給料も良くて離職率も低い。

 それに足立には家庭がある。美人の奥さんと可愛らしい娘。絵に描いたようないい家庭だ。


 それなのに会社を辞めてしまうなんて、信じられない。


「頭のいいお前がそんなことをするなんて信じられない。一体どういうつもりだ? 奥さんはこのことを知っているのか?」

「おいおい、そんなおっかない顔をするなよ田中。考えなしにやったわけじゃないし、嫁にもちゃんと話してあるって」


 足立はそう言うとジョッキに入っている酒をグッと飲み干す。

 俺はそんな足立に更に詰め寄る。


「ならなんで俺に相談もせずに会社を辞めた。俺がそんなことをして喜ぶと思ったか?」

「思ってないから黙って辞めたんだろうが。反対することなんて分かりきってたからな」


 足立は悪びれず言う。

 確かに足立の言う通り「仕事を辞めようと思っている」なんて言われた日には猛反対しただろう。独り身ならまだしも足立には家族がいる。安定した暮らしを手放させることなんてできるはずがない。


「くく、どうせ俺の家族のことを心配してるんだろう? お前の考えていることは分かる。そこまで気にかけてくれるのは嬉しい、だけどな」


 足立は真剣な目を俺にまっすぐ向けながら言い放つ。


「俺は俺のケツくらい自分で拭ける。一度事業に失敗したくらいで家族を路頭に迷わせるようなことはしない。ちゃんと数年分の生活費はあるし、事業がコケそうになった時の保険は二重三重にかけてある」

「だとしても……お前がそこまでする必要はなかっただろう。別にお前は大金持ちになりたいタイプじゃない。今のままでも十分だったはずだ」

「まあな。だけどこれが俺がずっとやりたかったことなんだ。『夢』と言ってもいい。嫁もそれを知ってたから賛同してくれたんだ」

「足立、お前……」

「俺は博打をしない、つまりこれは勝てる勝負だと確信してるから俺は仕事を辞めたってわけだ。だから……お前はつまらないことを気にしてないで前だけ見てろ。俺に少しでも恩を感じてくれてるならな」


 足立はそう言ってにやっと笑みを浮かべる。

 ……はあ。ここまで言われては握った拳を解くしかない。顔の形が変わるまでぶん殴って辞職を撤回させようと思ってたんだけどな。


「少し喋りすぎたな。飲みすぎたみたいだ」


 足立は恥ずかしそうに鼻をかく。

 覚醒者であるお前がこれくらいで酔うわけないだろ、という野暮なツッコミは胸のうちにとどめておく。


「いいんだな? 本当に」

「しつけえよ社長。しっかり儲けさせてくれよな?」


 足立の言葉に、俺はジョッキ同士をぶつけることで返事をする。

 この馬鹿の家族が苦労しない為にも頑張らないとな。


「で? ギルドを作るってまずなにをするんだ?」

「面倒な手続きはもうこっちで済ませてある。後は事務所と……社員を増やすかどうするかだな。経理やらの手続き系は俺の知り合いに頼めるとして、雑事をしてくれる人が数人いると助かるんだけど」

「なるほど。それなら黒犬ブラックドッグギルドを辞めた連中に聞けば誰か捕まるかもしれないな。全員が再就職できてるわけじゃないと思うからな」


 あのギルドから解放されてすぐ働き始めるのは中々大変だろう。

 束の間の休息を味わっている元社員がいるはずだ。俺はソロで働いていたからあまり親しい人はいないけど、連絡先くらいなら知っているし向こうも話を聞いてくれるだろう。


 さっそく頭の中で誰から声をかけようかと考えていると、今まで黙っていた星乃が声を上げる。


「あ、あの!! その社員さんって……私がなっても、その、大丈夫でしょうか?」

「「……え?」」


 突然の提案に俺だけでなく足立も間の抜けた声を出す。

 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。


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