第13話 田中、雇う
「な、なに言ってるんだ? 星乃は今大学生だし、卒業したら大手のギルドに入りたいんだろ? まだ軌道に乗ってすらいない弱小ギルドに入るなんてありえないだろう」
「確かに私はそのつもりでした。ですが今の私の一番の夢は違います。私は……田中さんと一緒に働きたいんです! 田中さんは私の憧れ……目標なんです。なのでどうかお願いします!」
星乃は頭を下げ、思いの丈をぶつけてくる。
彼女の『憧れ』という言葉はこの場合、異性としてでなく一人の探索者として、だろう。まさかここまで慕ってくれているとは思わなかった。驚きだ。
その気持ち自体は素直に嬉しい。だけど星乃は未来ある若者だ、足立のように受け入れるわけにもいかない。他のギルドも経験した上で選択してくれるならいいけど、初めから俺のギルドに入るのはいかがなものだろうか。
そう返事に悩んでいると、見かねた足立が口を開く。
「だったらウチでアルバイトをすればいい。ラフなインターンみたいなものだな。それでしばらく働いてみて、他とも比べて、それでもまだウチが良いって言うなら
「あ、ああ。まったくもってその通りだな」
足立の助け舟に俺は全力で飛び乗る。
ギルドの運営はこんな感じで進んでいくんだろうとひしひしと感じる。
足立の提案を聞いた星乃は少し考えたあと、こくりと頷く。
「分かりました。ではそれでお願いします!」
「ああ。星乃が手伝ってくれるのは心強いよ。頼りにしてる」
こうして俺たちのギルドに新しい仲間が加わった。
ま、まだギルドの名前も決まってないし、正式稼働は少し先になるだろうけどな。
「唯ちゃんのことは誘おうと思っていたんだけど、まさかそっちから来てくれるとは嬉しいねえ。男二人だけの会社なんてムサいだけから大助かりだ」
足立は上機嫌で酒を飲む。
こいつ、最初からそのつもりだったのか。なんで星乃まで誘ってるのかと思ったらそういうことか。
「いやぁめでたいめでたい。お祝いに高いものでも頼むか……ん? ボタンが反応しないな」
足立はわざとらしくそう言うと立ち上がる。
どうやら直接店員を呼びに行くみたいだ。
「ついでにトイレ行ってくる。俺がいないからってあまりイチャイチャするなよ?」
「とっとと行ってこい」
軽口叩く足立を個室から追い出す。
必然部屋には俺と星乃の二人が残る。
……気まずい。二人きりだとなにを話していいか分からない。少し前までは自然に話せていた気がするけど、
だが大人としてこんなところで日和ってはいられない。俺は呼吸を整え横に座る星乃を見る。
「星乃、この前のことだけど……」
「あ、え、ええとはい!」
星乃は顔を真っ赤にさせながら、慌てた様子で反応する。
そして落ち着きを取り戻したのかと思うと、期待半分不安半分といった目をしながら上目遣いで俺を見る。うう、緊張してきた。
「もう少しだけ、返事を待っていてほしい。俺の覚悟が決まったら必ず返事をする。待たせてしまって悪いが……その代わり絶対に星乃を悲しませたりはしない。約束する」
「田……!! はい、分かりました。私、待っています……♡」
潤んだ瞳で星乃は俺のことをじっと見つめてくる。
大きくてくりっとした、つぶらな瞳だ。見ていると吸い込まれそうに感じる。
「田中さん……」
「星乃……」
自然とお互いの顔が、ゆっくりと近づく。
星乃の息遣いが聞こえてきたところで、彼女はゆっくりと目を閉じる。
こ、これはそういうことなのか⁉? 心臓がバクンバクンと跳ねる中、俺の視界の端にあるものが映る。
「じー……」
それは扉の隙間からこちらを覗く目。
顔はよく見えないけどこんなことをする人物は一人しかいない。
「おい足立ィ! なに見てんだ!」
「ちっ、ばれたか」
残念そうな顔をしながら足立が入ってくる。
こいついつから覗いていたんだ? まったく気配を感じなかったぞ。
「ほら、俺のことは気にせず続けて続けて。せっかくいい雰囲気を作ってやったんだから」
「てめえボタン反応しなかったのは演技だな!? こっちにこいやっぱり顔が変形するまで殴ってやる!」
「やめろ! お前のそれはシャレにならない!」
逃げる足立とそれを追う俺。
こうして俺たちの飲み会は騒がしく夜遅くまで続いたのだった。
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