第11話 田中、取引を目撃する
「はあ!? お、俺が社長!?」
足立のまさかの言葉に、俺は驚き困惑する。
確かに前に法人化するかもしれないみたいな話は聞いたことがある。その方が税金的にいいらしいからな。
俺はそこらへんに詳しくないから、足立に一任して口出ししないようにしていたけど……俺が社長になるなら話は別だ。流石にはいそうですかと首を縦に振ることはできない。
「なにを驚いてんだよ。今のとこ社員は俺と田中の二人だけ。俺の方こそ社長の器じゃないだろ」
「いや、俺が社長の方が無理あるだろ! 言っとくが経営のことなんて一ミリも分からないぞ!?」
中学を卒業してから俺は今に至るまでダンジョンに潜り通しだった。
ダンジョンのことなら詳しいけど、他のことはさっぱりだ。そんな俺に社長業なんて務まるはずがない。
だから俺は力強く社長になるのを否定したわけだけど、足立はけろりとした態度でこう返してくる。
「くく、誰もお前に経営の腕なんて期待してねえよ。お前にはギルドの広告塔、社長っていうのはただの肩書だ。社長になっても今まで通りの活動をしてれば大丈夫だ。ま、たまには社長らしくお偉いさんの相手をしてもらうかもしれないけどな」
「今まで通りでいいって……本当にそれでいいのか?」
「ああ、むしろ
「……話?」
なんのことだ、と聞こうとすると足立がテーブルの上にゴトリと細長い物を置く。
それは一振りの剣だった。
いや、よく見ると造りが荒い。贋作……というよりオモチャみたいだ。
それになんだか俺の剣と似ているぞ? いったいなんだこれは。
「えっと、ここを押して、と」
足立はその剣の柄の部分にあるボタンをポチッと押す。
すると、
『ジャキーン! 我流剣術、
突然剣から効果音と俺の声が流れる。
その後も足立がボタンを押す度『お前は強かったが……相手が悪かったな』とか『ドォーン! 我流剣術、富岳唐竹割り』など頭が痛くなるボイスが流れてくる。
「お、おい、なんだこれは。まるで戦隊モノのグッズじゃないか!
「まだ試作品だけどいい出来だろ? 商品名は『
足立は自信満々に言い放つ。
正気か? こんな物欲しがる奴いるのか?
確かに剣の再現度はなかなかだ。剣が好きな子どもは喜ぶかもしれないけど……俺のボイスはいらないはずだ。
わざわざ配信から声を切り抜いてまでこんな物を……。誰が欲しがるんだまったく。
「あ、あの!! その剣っていただけますか!? もちろんお金は払います!」
星乃の声に俺はズコっと体勢を崩す。
こんな近くに欲しがる人がいるなんて。ほ、本当にこんなのが欲しいのか?
「星乃……本気か? こんなの本当に欲しいのか?」
「当然じゃないですか! 田中さんのファンだったら絶対欲しいですよ! 亮太と
星乃は鼻息荒くそう主張する。
えぇ……信じられん。俺の声が入った剣が欲しい人がいるなんて、まったく想像つかない。
「はは、唯ちゃんなら
「ありがとうございます! あの、お金は払いますので母の分と……その、保存用と観賞用にあと二本足してくれませんか?」
「全部で六本ね……オッケー。予約がパンクしたらすぐ揃えられるか分からないけど、四本は絶対に確保しておく」
「やったっ! ありがとうございます!」
俺を蚊帳の外に俺の剣のオモチャの取引が行われる。
どんな顔していいか分からん……頭が痛くなってきた。
「お前いつの間にこんな物を……」
「これだけじゃないぞ? 他にもキーホルダーやバッジ、CDやらコスプレ衣装、ソシャゲのコラボキャラのオファーまで来てる。あ、来週音声の収録あるから空けておいてくれよ」
「マジかよ、悪い夢であってくれ……」
自分のグッズが世間にばらまかれるなんて、悪い夢にしか思えない。
とはいえそれで喜んでくれる人がいるなら……まあやるしかないか。足立もここまで色々進めるのに苦労しただろうしな。
「……分かった、俺も腹をくくるよ。お飾りの社長でいいならやってやる。だけどお前は大丈夫なのか?」
「ん? なにがだ?」
足立は俺の言葉に首を傾げる。
「だってお前、既に働いているじゃないか。今はまだなんとかなってるのかもしれないけど、本業がありながらチャンネルの管理と会社の運営とグッズの進行なんてできないだろ」
「ああそのことか。安心しろ、外部の人間を雇うから俺一人で会社の運営をするわけじゃない。それに……本業はもう、辞表を出してきたからな。ははは」
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