第10話 田中、提案される

 牧さんと会った日の夜。

 俺は足立に呼び出されとある飲食店に足を運んでいた。


「また焼肉か。芸のない奴だ」


 そこは前回行った場所とは違う、そこそこいい値段のしそうな焼肉店だった。

 足立の頭の中には焼肉しか選択肢にないのか、それとも俺のことを焼肉を食わせておけば上機嫌になる奴だと思っているのか。

……まあ後者は間違ってもいないけどな。


「あの、足立という名前で予約してると思うんですけど……」


 店員さんにそう説明すると、奥の個室の座敷席に通される。

 するとその部屋にはにやにやと笑みを浮かべる足立と、少しそわそわしている星乃の姿があった。

 おいおい、星乃が来るなんて聞いてないぞ……。


「来たな田中。ほら、そっち座れ」


 足立はからかうように星乃の隣を指差す。

 こ、こいつ楽しんでやがるな? 俺と星乃は前回の配信の最後に全世界配信公開キスをかましてしまっている。足立も当然それを見ているだろう。

 だから隣に座らせようとしているんだ。中学生みたいな嫌がらせをしやがって。


「えっと……隣に失礼するぞ」

「ひゃい! ど、どどどうぞ!」


 話しかけると星乃は体をビクッ! と震わせながら返事をする。

 どうやら星乃もあの時のことを気にしているようだ。あまりあの時のことを思い出させないように、自然に接しよう。


「くくく、アツいねえお二人さん」


 星乃の隣に座ると、足立がにやにやしながらからかってくる。

 ちくしょう、調子に乗りやがって。


「で、なんで今日は呼び出したんだ? まさかからかう為に呼んだなんてことはないよな?」

「悪かったって、怒るなよ。もちろんちゃんとした用があって今日は二人に来てもらったんだよ」


 足立はそう言うと自分のバッグを漁り、中からダンボールで梱包された物を取り出す。

 そしてその梱包を開けると、中から光り輝く長方形の物体を取り出す。


「おいそれって……」

「ああ、チャンネル登録者数5000万人を超えたチャンネルだけが貰える『オリハルコンの盾』だよ。昨日届いたんだ」


 足立はその盾をテーブルの上に置く。

 その盾は白く輝いていて、見ているだけで眩しい。中央部には動画の再生マークが彫られていてその下には『田中誠チャンネル』と書かれている。確かに俺に届いた物のようだ。

 そんなに登録者数が増えていたなんて気が付かなかった。


「この前1000万人超えたばかりだった気がするんだけど、もう5000万人超えたのか?」

「ああ、リリちゃんが出てからその勢いはうなぎ登りだ。モンスターに懐かれてる人間なんてお前しかいないからな。この前の自宅配信の反響も凄い。まだまだ伸びるぜ……くく」


 足立は邪悪な笑みを浮かべる。

 まったく、頼もしい限りだ。チャンネルの運営はこいつに任せておけば安泰だろう。


「す、凄いです! オリハルコンの盾を持ってる日本人なんてほとんどいませんよ!」


 そう大きな声を出したのは星乃だ。

 その表情は興奮しているように見える。Dチューバーである彼女にとってこの盾は憧れなのかもな。


「よかったらこの盾、触ってみるか?」

「い、いいんですか!? ぜひお願いします!」


 星乃は首が取れるんじゃないかというくらい縦に振る。

 そして盾を持つとうっとりとその表面を眺める。喜んでもらえているようでなによりだ。


「そうだ、記念に写真を撮ろうじゃないか。ほら、二人とも寄って」


 足立が俺たちにスマホを向けてくる。

 すると星乃は俺に体を寄せてきて、盾を半分持たせてくる。この切り替えの早さは流石だ。こういうのは苦手なので素直に尊敬する。


「はいチーズ……と。田中の表情が少し硬いけど、まあいいか。あ、唯ちゃんは完璧だ、いい笑顔してる。田中も少しは見習えよ」

「うるさい、俺はこれでいいんだよ」


 とそんないつも通りのやり取りをしていると、お酒と料理が運ばれてくる。

 どうやら足立が先に頼んでくれていたみたいだ。運ばれてきた物はどれも俺が好きそうなものだ。なんだか心を読まれているみたいでムカつくな。


「それで今日はこの盾のお祝いってことでいいのか?」


 乾杯を済ませた後、俺は足立に尋ねる。

 なんだか今日はそれだけで終わる気がしなかったのだ。


 俺の勘は当たったみていで、俺の言葉を聞いた足立は今日何度目になるか分からないムカつく笑みを浮かべる。


「流石だな、今日はもう一つ発表……というか提案がある」

「提案?」


 俺は首を傾げる。

 チャンネルの運営は足立に一任してある。今更俺になにを確認するようなことがあるのだろうか。そう疑問に思っていると、足立は俺が想像してもいなかったことを口にする。


会社ギルドを立ち上げよう、田中。もちろんお前が社長でな」

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