第8話 田中、語られる

「さあ! 楽しい楽しいお実験しごとの時間だ!」


 牧さんが壁面のパネルを操作すると、部屋の中央に色んな機能がありそうな機械の台が出現する。この部屋には他にも用途が分からない近未来的な装置が複数存在する。

 きっとどれも目が飛び出るほどの金額がするんだろうな。


「牧さん、リリを調べるのは構いませんが……乱暴なことはしないで下さいよ?」

「もちろんだとも田中クン。一人しかいない貴重な貴重な献体だ。これ以上ないくらい丁重にもてなすさ」


 にぃぃ、と笑みを浮かべながら言う牧さん。

 うーん、信用できない。この人も熱が入ると周りが見えなくなるタイプだからなあ。近くで見張っているとしよう。


「さ、お嬢さんこちらへ」

「り……」


 移動台でエスコートされたリリは中央の台に乗せられる。

 リリはまだ引いてるけど牧さんの言うことに大人しく従ってくれている。事前に検査をするから大人しくしててほしいとお願いしたのを忠実に守ってくれているみたいだ。後でご褒美をあげないとな。


「助手クン! 手伝ってくれるかね!」


 機械をイジりながら牧さんがそう叫ぶ。

 すると奥に続く扉から一人の人物が姿を表す。

 身長二メートルはある、大柄の人物だ。白衣を着ていて、肩幅はかなり広い。顔には口の部分が尖ったマスク……いわゆるペストマスクをつけている。

 目の部分はガラスで覆われているためその顔は見えない。一応その体型から男だと推測できるけど、それ以外の情報はさっぱり分からない。


 その男は俺を見てぺこりと頭を下げたと思うと、実験の準備を手伝い始める。


「牧さん、この人は……」

「彼は私の右腕ライトアーム、第一助手のサムだ。無口な奴だが優秀な助手だ、まあ気にしないで構わないよ」

「はあ……」


 そういえばここまで案内してくれた女性は、自分のことを『第九助手』だと言っていた。あの人もかなり頭が良さそうに見えたけど、それでも九番目。となるとこの大男はかなり頭が良いんだろうな。

 だけどこのサムとかいう人物、なんだか普通の人とは違う『気配』を感じる。いったい何者なんだろうか。


「……黒須博士。準備が完了しました。いつでも解析を始められます」

「分かった。田中クン、始める前に細胞のサンプルをいただけるかな? 確か彼女は自身の体を切り離すことが可能だったね?」

「ええ。ちょっと頼んでみます」


 リリはよく自分の体をちぎっては俺に食べさせてくる。特にその行為に痛みは感じてないみたいだ。


「リリ、お願いできるか?」

「りり……」


俺が頼み込むと、リリは渋々自分のお尻部分をちぎって渡してくれた。

 どうやら俺が食べないのに自分の体をちぎるのは嫌みたいだ。俺はリリに礼を言い、牧さんが手にしているガラスの容器にそれを置く。


「ふふふ、協力感謝するよ二人とも。これは超貴重なサンプルだ。サム、最大の注意を払い解析しておくれ」

「かしこまりました」


 第一助手のサムはリリの細胞を巨大な機械に入れ、コントロールパネルを操作する。

 牧さんは台の上にいるリリに近づくと、色んな器具でリリのことを調べ始める。


「まずはX線結晶構造分析に光スペクトル分析……おっと、魔素波長分析も外せないねえ。サム、マギプロティスの解析を忘れないでおくれよ」

「はい。既に行なっております」

「よろしい」


 二人は阿吽の呼吸でリリのことを調べていく。

 牧さんは最初に宣言した通り、リリの嫌がることをしなかった。それどころかつぶさにリリのケアを行っていて、ご飯を上げたり体調を気遣うようにしていた。

 それが優しさから来るのか、研究のために対象の体調を気遣っているのかは分からないけど、ひとまず心配していたようなことは起こらなそうだ。

 リリも安心したのか横になって丸まってしまう。


「黒須博士。DNA構造の分析が完了しました」

「ご苦労。どれどれ……ふむ」

「メイズロックは確認されませんでした。やはり独立した個体とみてよろしいかと」

「いいねえ、最高だ。私の仮説はやはり正しかったというわけだ」


 牧さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その顔は完全に悪の科学者だ。とても政府側の人間とは思えない。


「細胞の培養も上手くいってるし……ふむ、今生体で検査できるのはこれくらいだろうか」


 しばらく検査をしていた牧さんはそう言うと、リリを解放する。

 俺が近づくとリリは俺に飛びついてくる。


「りりっ!」

「おっと危ない。よく頑張ったな」


 リリをキャッチした俺は、その頭をなでて労をねぎらう。帰りにちゅーるをたくさん買ってあげよう。


「今日は助かったよ田中クン、おかげでいい研究ができた。大きな進歩だよこれは」


 牧さんは体力を使い切ったのかフラフラになりながら近づいてくる。

 だけど目だけはギンギンで少し怖い。


「仮説が正しかった、と言っていましたね。なにか重要なことが分かったんですか?」

「ああ。普通ダンジョンで生まれたモンスターは、そのダンジョンと近い構造のDNAを持つことが分かっている」

「ダンジョンと同じDNA?」

「ああ。ダンジョンはそれぞれ個別のDNAを持っており、そこから生まれるモンスターは、そのDNAの一部分を受け継ぐのだよ。さながら親と子のようにね」

「……待ってください。ということはダンジョンは『生き物』ってことですか?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。まだまだダンジョンは謎の多い存在さ」


 牧さんはくつくつと楽しそうに笑う。

 この人が分からないんじゃ、まだ誰もそれに回答できないんだろう。


「ま、ひとまずモンスターにはダンジョンのDNAが刻まれていると考えてくれ。そしてそのDNAはダンジョンがモンスターを強く縛っている証拠なのだよ。君も知っていると思うが、モンスターはダンジョンが壊れると連鎖して自身も死んでしまう」


 それは俺も知っている。

 ダンジョンを壊すことはモンスターをこれ以上生み出すのを阻止するだけじゃなくて、すでに生まれたモンスターを倒すこともできるのだ。


「ダンジョンが壊れた時、モンスターが死ぬのはこのDNAによる作用だと研究者は考えている。迷宮がかけたモンスターへの縛り、我々はそのDNAを『メイズロック』と呼んでいる。これはダンジョンから生まれた全てのモンスターが持ち得るものだ。しかし……」


 牧さんは俺の手の中のリリを見る。


「その子にはメイズロックが存在しない。つまり……その子にはダンジョンの縛りがない。完全に自立した生命体ということになる」


 それを聞いたリリは「り?」と首を傾げる。

 自分が特別な存在だなんて分からないんだろう。


「分かるかい田中クン。これがどれだけ凄いことか。今までモンスターはダンジョンからしか生まれないと思われていた。だが違った。モンスターはそれ単独で存在することが可能だということをその子は証明してみせたのだよ」


 興奮しながら語る牧さん。

 確かにリリの存在はモンスターがダンジョンに頼らずとも生まれ、生きることが可能だということを証明している。


「私はこう考える。ダンジョンはあくまでモンスターに近い存在を生み出しているだけだと。ということはもととなったモンスターがどこかに住んでいるはず、それはどこか? 少なくとも地球上にそのようなものは存在しない。つまり……」


 牧さんは俺の目を見ながら、その仮説を話す。


「こことは違う次元、異なる世界に彼らは生きている。ダンジョンや魔素はそこからやってきたのさ」

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