第7話 田中、詰め寄られる
魔導研究局局長、
彼女を一言で言うなら『変人』だ。
研究をこよなく愛する彼女は、それ以外のことに全くと言っていいほど興味がない。上半身が白衣だけというのも彼女が衣服に興味がないところからきているんだろう。
食事も完全栄養食の固形物しか摂らないし、取る睡眠も最低限。金銭欲も異性からモテたいという欲求もないらしい。
ただ自由に自分が興味がある研究ができること、彼女の欲望はそれだけに向いている。
「まあ座りたまえ田中クン。歓迎しようじゃないか」
牧さんは机の上にドサッと座ると、椅子の背もたれに足を乗っける。
非常に行儀が悪いけど、これがこの人の普通だ。いちいち指摘していたら切りがない。マナーや礼節を指摘するほうがナンセンスだ。
「……それにしてもまだ政府の下で大人しく研究しているとは驚きですよ。とっとと出ていくものかと思ってました」
「おいおい私をなんだと思っているんだい? 今の私は首輪をつけられた大人しいワンちゃんさ。人様の迷惑になることはしないよ」
くつくつと笑いながら牧さんは言う。
うーん、信用できない。なんせこの人の経歴は普通じゃない。
中学生で既に大人の研究者顔負けの知識を持っていた牧さんは、様々な研究機関に引っ張りだこだったらしい。時には海外の有名な大学に招待されていたというから驚きだ。
研究者としてのキャリアを順調に重ねていった牧さんだけど、十九歳の頃に転機が訪れる。
それは『ダンジョンの出現』。好奇心が白衣を着ているような性格の牧さんはダンジョンの魅力に魅入られた。
最初は公的な機関で研究をしていた牧さんだったけど、どうしてもそういったとこでの研究は倫理的、そして安全的側面から実験の承認が降りにくい。特に人を用いた実験などは特に。
だから牧さんは表舞台から姿を消し、裏で非合法な実験に着手するようになった。ダンジョン研究に興味を持つ金持ちは多いから
それから数年ほど、好き勝手に研究を繰り返した牧さんだけど二度目の転機が訪れる。それは堂島さん主導による魔物討伐局の強制捜査だ。
違法な研究機関はことごとく潰され、その過程で牧さんも拘束された。
普通ならそのまま捕まるところだけど、そういった違法行為に今後手を染めないこと、研究結果を全て国に還元することを条件として堂島さんは牧さんを政府で雇ったのだ。
当然このことは政府内、マスコミから叩かれまくったけど堂島さんはそれを一蹴した。
俺もめちゃくちゃだと思ったけど、結果として牧さんのおかげで日本のダンジョン研究は他の国より一歩先んじている。
他の国よりダンジョンの出現数が多くてもなんとかやれてるのは牧さんのおかげでもあるのだ。
「そりゃあ私だって非人道的な人体実験の五つや六つしたいさ。ここを抜け出して裏に潜り直すことも考えたことがないわけじゃあない。だけどまあ……今の状況も悪くはない。研究費をいくらでもちょろまかせるし、なにより堂島さんの目を気にする必要はないからねえ」
ははは、と牧さんは笑う。
心臓に悪いから裏切ろうと思ったことがあるとは普通に言わないでほしい。
「ところで牧さん、気になっていたのですがその腕は……」
「ああ、これかい」
俺の指摘を受けて、牧さんは右腕を前に出す。
なんと彼女の右腕は肘から先にかけて機械の腕になっていた。まるで某有名な少年漫画の主人公みたいだ。前に彼女と会った時は普通の腕だったはずだけど研究のし過ぎで真理の扉を開いてしまったのだろうか。
「かっこいいだろう? 便利なんだよ、これ」
牧さんはそう言うと人差し指の先から青い光を迸らせる。そしてその光で咥えているタバコに火をつけると、ふうと一息つく。
明らかにここに置いてある薬品や機械は禁煙前提だと思うんだけど、大丈夫なんだろうか。まあここの局長が吸っているんだから俺がわざわざ口を出さなくてもいいだろう。
「かっこいいだろう、じゃなくて。いったいどうしたんですかその腕」
「尊い犠牲というやつさ。まあ気にしなくて大丈夫だ」
牧さんはそう言ってはぐらかす。
気になるけど言いたくないなら無理に聞き出すこともないか。
そう思っていると机に座っている牧さんがこちらを見ながらそわそわしているのが目に入る。その頬はほんのり赤くなっている。
「どうしましたか?」
「えっと……その、そろそろいいかな、と思ってだね」
「そろそろ?」
「ああ、見せてほしいんだ、君が持っているアレを。も、もう我慢できないんだっ!」
牧さんは机から飛び降りると俺に詰め寄る。
その俊敏な動きに俺は「おわっ!?」と驚く。この人自身も覚醒者だから身体能力はめちゃめちゃ高い。
「ま、牧さん!?」
「田中クン見せておくれよ……君の……君の連れているショゴスくんを!」
「……え?」
俺がそう間の抜けた声を出すと、胸ポケットからリリが「り?」と顔を出す。そうだ、頭から抜けてたけどリリを見せに来たんだったな。
人間に友好的な魔物などリリを除いて他にはいない、牧さんが興味を持つのも当然だ。
リリは驚いたように目をパチクリさせている。当然俺に詰め寄っている牧さんと正面から視線がぶつかる。
牧さんはリリを見てしばらく表情が固まった後、にんまりと笑みを浮かべる。
「おやおや、おやおやおやおや。ようやく会えたねかわい子ちゃん。君と会う日を私は指折り数えて待っていたよ」
ねっとりとした声と視線を向けられ、リリは「りり……」と少し引いた様子だ。
あのマイペースなリリを引かせるとはさすが牧さんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます