第6話 田中、魔導研に行く

「……ここに来るのも久しぶりだな」


 俺は目の前に立つ建物を見ながら呟く。横に大きなその建物はさながら総合病院のようだ。

 魔物対策省の側に建てられたそれは『魔導研究局』の建物だ。この中ではモンスター、魔素、魔法などダンジョンに関する様々な特殊事象が研究されている。


 魔素は新たなエネルギーとして世界中に注目されている。

 高い濃度の魔素は生物に悪影響を及ぼすが、有害な煙などは発生しない。上手く扱うことができれば最強のクリーンエネルギーになるってわけだ。


 日本の魔導研究局も全力でその問題に取り組んでいて、一定の成果を出しているみたいだ。

 その功労者こそが俺がこれから会う天才科学者、黒須牧さんなのだ。


「あの人もたいがい変わり者なんだよな……。手土産これで大丈夫かねえ」


 新宿で買った甘そうな洋菓子を見ながら、俺は呟く。

 まあ不安になっても仕方がない。俺は一回深呼吸すると魔導研究局の中に入る。


 そこは昔と変わらず白く綺麗な内装だった。真ん中は吹き抜けになっていて、ガラスでできたエレベーターが上と下を行ったり来たりしている。

一課では白衣を来た人たちがせわしなく動き回っていて、薬品の匂いがほのかに香っている。

 俺はひとまず受付に行き今回来た用件を伝える。するとすぐに白衣を来た細身の女性がやってくる。眼鏡をかけた知的そうな人だ。多分会うのは初めてのはず。


「はじめまして田中様。この度はご足労いただきありがとうございます。私は黒須博士の第九助手深見ふかみあきらと申します。よろしくお願いいたします」


 深見と名乗った女性はそう言って俺に頭を下げる。

 丁寧な所作だけど、その顔は無機質で表情に変化が見られない。なにを考えているのかいまいち分からないな。


「ご丁寧にありがとうございます。田中誠です。牧さん……ええと、黒須局長に会いにきたのですが」

「はい。黒須博士は奥でお待ちしております。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」


 カツカツとヒールを鳴らしながら歩く深見さんの後ろを、俺はついて行く。

 歩きながら俺は辺りを見回す。時折爆発音みたいなのも聞こえるけど、いったいどんな研究をしているんだろうか? まあ俺が聞いても分からないものがほとんどだろうけど。


「気になりますか?」

「えっ!?」


 俺がきょろきょろしているのに気づいた深見さんは、振り向きながら尋ねてくる。


「えっと……そうですね。少し」

「一階では主にダンジョンで採取された未知の素材を研究しています。鉱石に植物、モンスターの素材などがそれにあたります。それらは最新の設備で分析され、人類にどのように役立つかを議論されます」


 言いながら深見さんはエレベーターのボタンを押し、中に乗り込む。

 俺もそれにならい中に入る。


「二階では魔素の基礎研究、ならびに魔法という事象に関しても少しばかり研究しています。別に魔法解析局がございますので、魔法に関してはそちらに解析を任せています」

「なるほど」


 この人たちは根っからの研究者だ。

魔法というそれで完結している事象にはあまり興味がないのかもしれない。それよりも未知の物質のことや、魔素の新しい利用法の方が興味をそそられるのかもしれない。


「三階では魔素の応用研究……主に人体に与える影響について研究されています。覚醒者になった時の人体構造の変化観察、魔素許容量増減のメカニズムについての研究などがそれにあたります。四階は更に高度な魔素研究。そして五階は……」


 チン、と音が鳴りエレベーターが最上階に着く。

 唯一吹き抜けになっていないその階には、金庫のような厳重な金属扉が鎮座していた。


「五階は黒須博士のプライベート研究スペースになっております。この階は限られた人しか立ち入りを許されず、私のような助手であっても自由に中に入ることはできません」


 深見さんは金属扉の横にある端末をいじり始める。

 暗証番号を打ち込み、カードキーを認証させ、そして網膜認証……とかなり厳重だ。


「ずいぶん厳重ですね」

「黒須博士は日本が誇る最高の頭脳、至宝たからなのです。これくらい厳重で当然です」

「そ、そうですか……」


 どうやら深見さんは牧さんをかなり尊敬しているようだ。もはや崇拝と言ってもいいレベルで。

 もしかしたらここで働いている人のほとんどがそうなのかもしれないな。と思っていると深見さんはマイクに話しかける。どうやら中と繋がったみたいだ。


「黒須博士。田中誠様をお連れしました」


 深見さんがマイクに向かってそう言うと、短く『分かった』とだけ帰ってきて金属扉が開き始める。

 このフロアの壁はかなり厚そうだ。爆弾程度ではびくともしないだろう。これだけ厳重ならこの部屋に侵入しようとする輩はそう現れないだろう。


「どうぞ中へ」


 深見さんの後ろを歩き、中に入る。

 すると一人の人物が俺たちを迎え入れる。


「やあ田中クン、久しぶりだねえ」


 白衣をはためかせながら、その人物は姿を見せる。

 すらりとした長身に、黒縁の眼鏡。口には火のついていないタバコを咥えている。その黒い髪は長く伸びていて、ヘアゴムで乱雑にまとめられている。

 そしてなにより目を引くのはその上半身。牧さんは白衣を直接肌の上に着ていて、上半身は他になにも身に着けていない。裸エプロンならぬ裸白衣だ。おまけにボタンを留めていないので胸元もへそも丸出しとなっている。


 それが男性であるのならばそこまで問題じゃないんだけど……牧さんは女性・・だ。顔も整っていて女性人気が非常に高い。


「ご無沙汰しております、牧さん。相変わらずそんな格好なんですね……」

「白衣は人が開発したもっとも優れた衣服だ。これさえあれば他に服はいらない。本当は煩わしい下の服も脱ぎ去りたいんだが……堂島さんにそれは禁止されてしまってねえ。全く、人の世は窮屈極まりないよ」


 日本が誇る最強の頭脳の持ち主は、そう気だるそうに露出欲を口にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る