第3話 田中、先輩の話を聞く

「お待たせしました。紅茶とコーヒー、クッキーをお持ちしました」


 九条院さんと会話していると、喫茶店の店員さんがやって来て注文したものをテーブルの上に置く。

 九条院さんは「ありがと」と言って店員さんにチップを渡すと、優雅な所作で紅茶を口にする。確か九条院さんは名家の出だったはずだ。普通に暮らしていても何不自由なかったはずなのに、なんで危険な探索者になったんだろう。

 俺はふとそんなことを疑問に思った。


「夫がたくさんいることを受け入れられない人がいるっていうのは理解してるわ……私も散々言われたからね」


 紅茶を口にした九条院さんはそう切り出す。

 俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「やれ『そんなに夫がいるなんて不健全だ』だの『恥ずかしくないのか』だの『あなたは本当の愛を知らない』……みたいにね」


 なんの著名人か分からない人に、そのようなことを言われているのをテレビやネット記事で何回か見かけたことがある。

 あまりテレビとかを見ない俺ですら目にしてるんだ、九条院さんはそういった心ない言葉を彼女は数え切れないほど浴びせられているんだろうな。


 俺はクッキーを一つつかみ、胸ポケットにいるリリに食べさせながら九条院さんに言う。


「……それはつらいですよね」

「いえ、そんなことはないわ。私は全然平気、まっっったく気にしてないわ」

「へ……?」


 その思わぬ返答に、俺は間の抜けた声を出してしまう。

 確かにそう語る九条院さんは表情に曇りはまったくない、むしろ晴れ晴れしている。強がりとかで言っているようにも見えない。


「『相手が増えれば一人にかける愛情も減る』とかあいつらは口を揃えて言うけどね、そんなことはないのよ。私は十人の夫全員を心から愛している。彼ら一人ひとりのために私は命をかけて戦うことができる。私に汚い言葉を浴びせる人たちの中に、同じことができる人がどれだけいると思う?」


 九条院さんは笑みを浮かべながら言い放つ。

 確かにメディアで賢しらに自論を振りかざす人たちに、他人のために命をかける覚悟あるとは考えにくい。


「これは彼らに複数人を愛する度量がないだけの話なのよ。ま、彼らが一人を満足に愛せてるかも疑問だけどね」

「……確かに、そうかもしれませんね」


 九条院さんと旦那さんたちが幸せであるのなら、周りがそれにとやかく言うのは無粋な話だ。俺も偏見を持たないように気をつけないとな。


「どう? 私の話が少しでもあなたの参考になると嬉しいのだけど」

「参考……? どういうことですか?」


 なんのことか分からず、俺は首を傾げる。

 すると九条院さんはにやにやと楽しそうな表情を浮かべる。


「私が知らないと思った? 田中くん、最近モテているそうじゃない。私そういう話好きだから知ってるのよ。明るく元気な子に、討伐一課のクールな子。それととっても美人さんに成長した天月ちゃん。みんないい子だし、一人なんて選べないわよね」

「な……っ!!」


 思わぬことを突かれて、俺は危うく大きな声を出しそうになる。

九条院さんだけでなく細マッチョ旦那ズも俺のことを温かい目で見ている。は、恥ずかしい……。


 それにしてもまさか九条院さんが三人のことを知っているなんて……と思ったけど、俺と三人の間に起きたことは配信され拡散され切り抜かれまとめ記事にされている。調べれば簡単に出てきてしまう。

 ということは九条院さんどころか数千万、下手したら一億人以上の人が知っているってことか……現実離れしてて頭が痛くなってきた。


「無理強いはしないけど、一人を選ぶ以外にも道はあるわ。もちろん相手の意見も尊重しなきゃいけないけどね」


 九条院さんはそう言うと伝票を持って立ち上がる。

 俺は急いで財布を取り出そうとするけど、九条院さんは手をこちらにかざしてそれを止める。


「先輩に恥はかかせないものよ。これくらい払わせてちょうだい」

「……分かりました。ごちそうさまです」


 その言葉に満足そうに頷いた九条院さんは喫茶店から去ろうとして、立ち止まる。


「力を持つ者はそれを正しく使う責務がある。私はそう考えているわ。だから私は世のため人のためにこの力を振るっているわ」


 九条院さんは真剣な表情で語る。

 名家の出である彼女はお金に困っているわけでも、戦いに飢えているわけでもない。それなのに危険な探索者業に身を置いているんだ。


「でもそれは自分の幸せを諦めなければいけないというわけじゃない。私は責務を果たしつつ、幸せに生きる。あなたも自分の幸せのために生きなさい」

「自分の、幸せ……」


 その言葉、なんだか前にも言われた気がするな。

 今の生き方は楽しいけど……俺の幸せっていったいなんなんだろうか? 考えてみたけどどれもぴんとこない。


「分からないならあなたの大切な人が幸せに生きられるように行動しなさい。それがひいてはあなたの幸せになる」


 大切な人か。

 パッと思いつくだけでも何人もいる。確かに彼女たちが幸せなら俺も幸せだ。九条院さんの言葉は俺の胸にすとんと落ちた。


「ま、今のあなたならこんなアドバイスしなくても大丈夫だと思うけどね」

「いえ、大変参考になりました。ありがとうございます」

「ふふ、気にしないでちょうだい。それより結婚式とか子どもが生まれたりしたら呼んでちょうだいね? たっぷりご祝儀持って駆けつけるから」

「はは……そんなことがあれば、必ず」


 九条院さんは俺の返事に満足したのか、笑顔で頷くと今度こそ喫茶店を後にする。


「行くわよ!」

「「「「「「「「「「イエス! マイハニー!」」」」」」」」」」


 阿吽の呼吸で旦那ズがレッドカーペットを敷かれていく。

九条院さんは旦那さんに手を引かれながら、その上を優雅に歩いて去っていくのだった。

 

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