第2話 田中、思い返す
突然現れたSランク探索者、九条院朱音さんと出会った俺は、その数分後……探索者協会の中にある、喫茶店の椅子に座っていた。
小さな四角いテーブルを挟んだ向かい側には九条院さんが座っている。
燃えるような赤い髪に、長いまつ毛。顔はとても整っており、その佇まいには気品を感じる。高そうなドレスは露出が激しく目のやり場に困る。この人はパーティに出るようなこの服をいつも着ていて、モンスターと戦う時すらこの服装なのだ。
「私は紅茶を。田中くん、あなたは?」
「あ、じゃあコーヒーを」
「OK。そこのおちびちゃんもなにか食べるなら遠慮なく言ってちょうだい」
九条院さんはそう言って俺の胸元を指差す。
俺の胸ポケットからはショゴスのリリが顔を出していた。周りに人がたくさんいるので不思議そうに辺りを眺めている。
「えっと、じゃあクッキーをいただけますか?」
「分かったわ。あなた、注文よろしくお願い」
九条院さんが指をパチッと鳴らしてそう言うと、後ろに控えていた十人の細マッチョの一人が店員さんのもとに向かい、注文してくれる。残りの九人は無言で九条院さんの背後に立ち、ぴくりともしない。
別にこっちを見てきたりはしないけど、非常に気になる。
「前に会った時は後ろの方たち、今より少なくありませんでした?」
「前って……皇居直下ダンジョンで一緒に戦った時のことね」
九条院さんは昔を懐かしむように言う。
俺の師匠が亡くなったあの大きな戦いには、九条院さんも参加していた。
しかし彼女はダンジョンに入った『地下探索班』ではなく、地上でダンジョンから湧いてくるモンスターから街を守る『地上防衛班』であった。
『
常にモンスターが四方八方から襲いかかってくる皇居直下ダンジョン内では、その力を活かすのは難しい。だから彼女は地上でモンスターを撃退する役目を負ったんだ。
俺たちが命からがらダンジョンから生還した時、自身もボロボロだったのにも関わらず九条院さんは俺や天月のもとにいち早く駆けつけて生還を喜んでくれた。
そして彼女は自分の友人が帰らぬ人となったのを、その時知った。俺は師匠が自分たちを助けるために犠牲になったことを懺悔した。その時の俺は、誰かにそのことを責められたかったのだ。だけど、
『そう。希咲は死んだのね……。でもあなたが生還できたのなら、彼女も後悔はしてないと思うわ。どうかその命、大切に使ってね』
九条院さんは責めるどころか、優しくそう言ってくれた。
責められようと思っていた俺は、自分の浅はかさをその時恥じた。この人はそれを責めるような人じゃない。
今にして思えば、俺が完全に壊れずに済んだのはこの人のおかげかもしれない。
「あの時はひどい顔をしていたから心配だったけど……今はいい顔をしている。安心したわ」
「ご心配をおかけしてすみません。私はもう大丈夫です。師匠に拾ってもらったこの命、もう粗末には扱いません」
今度こそまっすぐに九条院さんの目を見て俺は言う。
すると九条院さんは嬉しそうに微笑んだ。もう心配をかけないよう、しっかりとしないとな。
「それにしても皇居大魔災からもう七年も経つのね。まあそれだけ経ったら増えもするわ」
九条院さんは後ろに立つ男性たちを見ながら言う。
それに同意できなかった俺は、すぐさま突っ込む。
「いや普通は七年経ったからって
「あらそう?」
そう、九条院さんの後ろに控えている細マッチョ軍団は、みんな九条院さんの
地球に覚醒者という存在ができてから、人間の格差は更に広がった。それも無理はない、覚醒者はスペックだけ見れば普通の人間の『上位互換』であったからだ。
体は頑丈で力は強く、病気にかかりにくい上に、なぜか容姿も整っていく傾向がある。そのせいで世界規模で格差はドンドン広がり出生率も著しく下がってしまった。
なので日本だけでなく、世界的に『重婚』が認められるようになった。
出生率に寄与するのは一夫多妻だが、そちらだけ認められると色々問題になるので同時に一妻多夫も認められている。
しかしこの重婚制度は、出生率の上昇だけが目的じゃない。むしろ公には言われていないもう一つの理由の方が国は重視している。
それは『覚醒者の増加』。
覚醒者の子どもは覚醒者になる素質を持っていることが多い。覚醒者同士から生まれた子なら尚更だ。
ゆえに国は一人の覚醒者の男性が複数の女性を囲い、たくさんの子どもを産んでほしいのだ。覚醒者の数はそれすなわち国力に直結するからな。
ちなみに女性覚醒者が複数の男性を囲うのも意味がないわけじゃない。女性覚醒者は一般男性との間に子を成しにくいので、夫がたくさんいればその分子どもが産まれる確率も上がるからだ。
ただ『覚醒者にたくさん子を産んでほしい』などと公言すれば国がバッシングされるのは目に見えてるので、表向きは出生率の上昇目的とだけ言われている。
まあ覚醒者を増やしたいんだなというのはほぼ全ての人が気づいているだろうけどな。
「重婚制度が認められてもう長いというのに、まだ慣れてないの?」
「いや、二人や三人くらいならよく聞くようになりましたけど、十人はさすがに驚いちゃいますね……」
俺はちらと九条院さんの後ろにいる旦那さんズを見る。
彼らは実に堂々と立っている。その顔はどこか誇らしげだ。
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