第七章 田中、魔導研に行くってよ

第1話 田中、手続きする

 バモクラフトとの戦いから二日後。

 俺はある手続きをしに新宿にある、とある施設を訪れていた。


「ここもデカいな……」


 周りの高層ビルに負けず劣らずデカいその建物は『探索者協会』の施設だ。

 探索者協会は、探索者の登録、ランク審査、探索のサポート、素材の換金などダンジョンに関連することを一手に引き受けている。


 探索者協会は国営であり、魔物対策省の協会運営局が運営している。なのでここで起きた大きな問題は必然的に堂島さんも処理に当たらなくてはいけない。あの人もちゃんと寝れてるのか心配になるな。


「410番でお待ちの方、どうぞ」

「あ、はい」


 手にした整理券の番号を呼ばれ、俺は受付に向かう。

 協会は普通の役所と似た感じだ。悪いことをしているわけじゃないのに、なんだか緊張してしまう。


「よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いしま……って、シャチケ、いや、田中さん!?」


 受付の若い女性が、俺を見て大きな声を出してしまう。

 当然周りの目がこちらに向く。俺はとっさにカバンで顔を隠したけど、何人かにはバレてしまったかもしれない。


「す、すみません……」


 受付の女性は恥ずかしそうに顔を赤くしながら頭を下げる。

 俺は「大丈夫ですよ、気にしてません」と彼女を励ます。仕事でやらかして死にたくなる気持ちは俺もよく分かる。

 それにしてもこんなに取り乱すほど驚かれるなんて。自分が有名になったのだと実感するな。


「大変申し訳ございませんでした。えー、それでは今回はわたくし葉月はづきみのりが担当させていただきます。田中様、今日はどのようなご要件でしょうか?」

「えっと、ネームドモンスターを倒すと報奨金が貰えると聞いたんですけど、それの窓口はこちらでよろしかったでしょうか?」


 俺が一昨日倒したモンスターは名前付きネームドモンスターだ。

 ネームドは倒すと政府より報奨金が出ると聞いたことがある。社畜時代、何回かネームドを倒したことはあるけどその金は当然会社に取られていたので貰ったことはない。


 そのせいで報奨金のことなんてすっかり忘れてしまっていて、足立からのメッセージでそのことを思い出した。

 バモクラフトにトドメを刺したのは星乃なので、そのお金は全て星乃にあげてもいいのだが、それは星乃に断られてしまった。

 なので報奨金は彼女と山分けになった。今回はその手続きに来たのだ。


「あ、バモクラフトの件ですね! 私も配信見ていました! SSランクのモンスターを歯牙にもかけない戦いぶり……流石です!」


 受付の葉月さんは目を輝かせながらパソコンを物凄い速さで操作して手続きを進めてくれる。

 コメントで褒められることは多いけど、こうして目の前で褒めてもらうことは少ないのでなんか照れてしまう。


「少々お待ち下さい……ネームドが討伐されることは稀ですので少しお時間をいただきます……ここをこうして……これで……って、あれ?」


 葉月さんはパソコンを見ながら首を傾げる。

 いったいどうしたんだろうか。


「田中さんの探索者情報を拝見させていただいたのですが、探索者ランクが最低の『E』になっているのですが……なにかの間違い、ですよね?」

「ああ、そういえばランク更新を一度もしてませんでした」

「ええっ!? そ、そんなのもったいなさ過ぎますよ! 高ランクになると公共交通機関や公共施設の利用料金が無料になるなどの特典があるんですよ!?」


 葉月さんは目を丸くして驚く。

 探索者ランクが高くなるとさっき言っていた特典だけでなく、高難度のダンジョンに入れるようになったり様々な恩恵を得ることができる。

 だけど社畜だった俺はそんなの忘れてしまっていた。須田も俺に高ランクになってほしくなくてわざと言わなかったんだろうな。


「ちょっと待ってくださいね、そちらの手続きもこちらで……はい、直近の活動だけでも、余裕でSランクになるだけの実績がありますね……。本来なら昇級試験があるのですが、この実績ならパスしても大丈夫だと思います。今こちらの方で上司にかけあって昇級してもよろしいでしょうか?」

「本当ですか? じゃあお願いします」


 やってくれるというなら、断る理由はない。

 俺はありがたくお願いする。


「はい! 任せて下さい! 必ず上司の首を縦に振らせてみせます!」


 葉月さんはそう意気込むと、内線で上司にかけあってくれる。

 通話すること数分。すぐに話はまとまる。


「やりました! 上司の許可が降りましたのでそちらの手続きもいたしますね!」


 葉月さんはやりきったような笑顔でそう伝えてくれる。

 なんでも俺がいまだにEランクだと知られたら、世間からバッシングを受けますよとかけあったら上司がすぐに折れたそうだ。

 魔物対策省からの認可もすぐ降りたらしい。そっちはもしかしたら堂島さんのおかげかもな。


「今Sランクの認定証を発行いたします! えっとそうですね……三十分ほどいただけますと、確実に用意できます! なので少々お待ちいただけますでしょうか?」

「はい、大丈夫です。急なことで申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」


 俺はそう頭を下げて、一旦受付から離れる。

 ちなみに今日は午前中報奨金を受け取って、午後に魔導開発局に行く予定だ。


 午前の予定はさくっと終わらせる予定だったけど、思ったよりかかりそうだな。


「ロビーで飲み物でも飲みながら待つか。まあSNSでも見てたらすぐだろ」


 前はSNSなんて暇人のするものだ……と、思っていたけどやってみると意外と楽しい。

 最近は暇さえあれば見てしまう。なかなかの中毒性だ。


「うーん、コーヒーでいいか」


 ロビーに行った俺は、適当に飲み物を選んで、近くの椅子に向かおうとする。

 すると、


「あなた……誰かと思えば希咲のとこにいた子じゃない。まさかこんなところで会えるとは思わなかったわ!」

「え?」


 師匠の名前を出され、俺は驚き振り返る。俺が希咲さんの弟子と知っている人物は少ない。いったい誰なんだろうと俺は協会の入り口に目を向ける。

 すると突然床にレッドカーペットが敷かれ、その上を鮮やかな赤いドレスを着た女性が、ツカツカと歩いてくる。背後には高そうなスーツを着た男性を十人ほど従えている。


 こ、この人は……


「く、九条院さん?」


 俺はこの人を知っていた。

 九条院くじょういん朱音あかね……色々と世間を騒がせる人だ。


 ランクはS。実力と知名度を兼ね備えている、有名な探索者だ。

 昔は俺の師匠と鍛冶師の志波さんとパーティを組んでいたこともあると聞いたことがある。


「久しぶりね。元気そうでなによりだわ」


 そう言って九条院さんは大きな色付きサングラスをかっこよく外し、俺と目を合わせるのだった。

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