第20話 田中、捕まる

「天月さん……」


 星乃が呟く。

 天月の口ぶりから察するに、どうやら星乃の父親と面識があったみたいだな。

 まあそれもそうか。討伐一課は常に優秀な人材を探している。優秀な探索者の情報は一通り調べがついているはずだ。もしかしたらスカウトをしたことがあるのかもしれないな。


 しかし天月がここまで人のことを褒めるなんて珍しい。

 星乃の戦いは、それほどまでに天月の心に刺さったんだろう。彼女が褒められると師匠の俺も鼻が高くなる。


「それと凛と仲良くしてくれてありがとう。あの子は友達が少ないから、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」

「わ、私の方こそ凛ちゃんにはお世話になっています! ですので、その、大丈夫です!」


 あわあわとする星乃。

 そんな彼女を見て、天月は「ふふっ」と薄く笑う。なごやかなムードだ。この前二人が会った時は険悪な雰囲気になったから不安だったけど、この分なら大丈夫そうだな。


 そう思った俺だったけど……


「あ、そうだ。凛ちゃんと言って思い出しました。やらなくちゃいけないことがあるんでした」


 そう言って星乃は俺に近づいてくる。

 肌が触れ合いそうになるほど近い距離だ、俺は呑気に星乃はまつ毛が長いなあなどとその顔をじっくり観察してしまう。

 星乃の顔はほんのり赤くなっていて、心なしか少し緊張しているように見える。


「ど、どうした?」

「お母さんに言われたんです。ちゃんと行動で示さないとダメだって。だから私も……凛ちゃんみたいに勇気を出します」


 なんのことだ? と尋ねようとした瞬間、星乃は俺の首に腕を回し、自分のもとに引き寄せてくる。そして次の瞬間……星乃の唇が、俺のそれと重ねられてしまう。


「――――っ!?!!?」


 突然のことに俺は混乱する。

 とっさに星乃を突き飛ばしそうになるが、そんなことをしたら危ないので、出そうとした手をすんでのところで止める。

 その結果、俺はただただ星乃のキスを黙って受け入れる形となってしまった。


"キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!"

"ゆいちゃんようやった!!"

"シャチケンの手あわあわしてて草"

"抱けー!! 抱けーーーー!!"

"天月課長、呆然としてて草"

"突然目の前でキスされたらそらそうなるw"

"いやあヒロインレースが過熱してきましたね"

"わいはまだハーレムルートを諦めてないで!"

"ええ!? ここからみんな幸せになるルートがあるんですか!?"

"キスめっちゃ長くて草、ゆいちゃんも溜まってたんやな"

"羨まし過ぎるっ! 俺もシャチケンとしたいわ!"

"そっちなのか……(呆れ)"

"これが平常運転やぞ"


 これでキスをされるのは三回目だけど、正直全然慣れていない。

 やわらかくて、いい匂いがして……脳が痺れて動けなくなってしまう。どんなモンスターの毒を食らっても大丈夫だけど、これだけは耐性がつかない。


 俺に抱きつきながらそうしていた星乃だが、やがてゆっくりと体を離す。星乃もかなり緊張していたみたいで耳まで真っ赤だ。

 か、かわいい。今までは女性として意識しないようにしていたけど、こんなことをされたらもう無理だ。どうしてもそういう目で見てしまう。


「あ、あの。私は天月さんや凛ちゃんみたいに昔からの知り合いじゃありませんけど……田中さんを好きだという気持ちは負けません! だからあの……すみませんっ!!」


 星乃はそう言ってダンジョンの出口へ走って逃げてしまう。

 俺はその後を追おうとするけど、後ろから肩をガシッと掴まれてしまう。


「……誠、どういうこと?」

「ひっ」


 ゆっくり後ろを振り返ると、そこには恐ろしい闘気をまとった天月の姿があった。

 先程までのやわらかい雰囲気はもうどこにもなかった。


「あんたなにまた若い子を引っかけてるのよ!」

「ひいっ! ごめんなさい!」


 悪いことをしているつもりはないが、思わず謝ってしまう。

 このままだと朝まで説教コースだと思った俺は、天月の隙を突いて逃げ出す。


「ちょ、誠どこ行くのよ!」

「ごめん! また今度!」


 俺は配信をブチッと切りながらダンジョンの外へ飛び出す。

 はあ……今日も色んなことがあった。


「天月や凛たちのこと、いつまでも逃げてるわけにはいかないよなあ……」


 へたれているのは、彼女たちに不誠実だ。

 俺はどうしたものかと頭を悩ませながら帰路につくのだった。

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