第16話 田中、駆けつける

『ブオオオ……』


 異常成長個体のミノタウロス、『隻角せきかくのバモクラフト』は俺を見ながら低い唸り声を出す。


 鼻息は荒く、口からは涎をボタボタとこぼれ落ちている。

 お楽しみのところを邪魔されたことで、かなり怒っているようだ。


 しかし理性も持ち合わせているみたいですぐに俺に飛びかかっては来なかった。斧が壊れたことで警戒しているんだろう。


"これがバモクラフト!? 怖すぎだろ!"

"うわ、SSランクのモンスターなんて滅多に見られないぞ"

"ゆいちゃん無事で本当に良かった……"

"てか斧壊れてて草。硬すぎんだろ"

"シャチケンカチカチで草"

"なに食ったらあんな体になるの?"

"ショゴスでしょ"

"ショゴス食う前から化物なんだよなあ"

"前にEXランク倒したけど、SSランクと戦うとこ配信されるのは初めてだよね? どっちの方が強いの?"

"その二つにどっちが上とかはないよ。判別方法が違うから。まあEXランクはSランクよりは強いことがほとんどだけどね"

"有識者助かる"

"ずいぶん詳しいな。まるでモンスター博士だ"


「どうした、来ないのか?」

『ブゥゥ……オオッ!!』


 自分が挑発されていることに気がついたのか、バモクラフトは雄叫びを上げながら襲いかかってくる。

 大きな手を広げ、俺をつかもうとしてくるバモクラフト。俺は同じように両手を広げてそれを受け止める。俺とバモクラフトは両手をつかみ合う形になる。


『ブ、オオオオオオッ!!』


 バモクラフトは両手に体重を乗せ、俺を押し潰すように力を込めてくる。

 それを受け止める俺の足元に亀裂が入る。なるほど、たいした力だ。さすがはSSランクのモンスターだ。


"この人、SSランクと腕力で互角なのなんで?"

"いや、涼しい顔してるから全然互角じゃないゾ"

"剣の腕とか以前にパワーがヤバすぎるんだよなあ"

"バモクラフトくん汗だらだらで草"

"パワー!"

"ヤー!"

"ここからがシャチケンなんです"


 両手にグッと力を込め、つかんでいる手を前に倒す。

 するとバモクラフトの膝がどんどん曲がっていき、最終的にその頭の位置は俺より低くなる。


『ブ、オオ……!』


 バモクラフトは必死に力を込めるが、俺の手を押し返すことはできなかった。

 なんか手に汗が滲んで気持ち悪くなってきたので、俺はバモクラフトの腹を蹴り飛ばし一旦手を離す。


『ウウ、ゥ……』


 バモクラフトは信じられないといった目で俺のことを見る。

 今まで自分以上の力を持った相手と戦ったことがないんだろう。強くなりすぎたゆえの孤独というやつだ。その気持ちは分からなくもない。


「悪いが遊ぶつもりはない。ここでお前は終わりだ」


"やったれシャチケン!"

"うおおおお!!"

"盛 り 上 が っ て き ま し た"

"そいつをぶっ倒してくれ!"

"これもう死刑宣告だろ"

"終わったな、飯食ってくる"


『ブウウウ……オアアアアアッ!!』


 バモクラフトは背中から二本の大剣を抜き放ち、襲いかかってくる。

 一見力任せの攻撃に見えるが、相手の動きを計算しているできた動きだ。おそらく何度も何度も命がけの戦いをして、その中で編み出したんだろう。


 だが俺だって戦闘経験なら負けていない。地獄で鍛えられたのは、お前だけじゃない。


 俺はバモクラフトの斬撃の嵐の中に飛び込み、腰に差した剣をつかむ。

 そして向けられる刃の嵐の隙間を縫い、必殺の一撃を打ち込む。


「我流剣術、またたき


 剣閃が走り、鮮血が舞う。

 俺の放った斬撃は、一瞬にしてバモクラフトの肉体を深く切り裂いた。


 しばらくはなにが起きたのか理解できず、呆然としていたバモクラフトだったが、血で染まった自分の体を見てなにをされたかを悟ると、『ぶ、お……』と呟いて地面に崩れ落ちる。


"うおおおおおおっ! 勝った!"

"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"今回も楽勝だったな"

"誰ならお前に勝てるんだよ!"

"今日も筋肉キレてるよ!"

"よっ! 筋肉総合商社!"

"阿修羅の生まれ変わりかよ!"

"肩に重機乗っけてんのかいッ!"

"なんかボディビルのかけ声みたいになってきたな"


 無事バモクラフトを倒した俺は、剣を鞘に納める。

 あまり戦えないSSランクモンスター。多少は期待したが……


「期待外れだったな」


 俺は肩を落とす。

 たまには俺も苦戦するような相手と戦いたい。


"なんかがっかりしてて草"

"SSランクで苦戦できないんじゃ田中を満足させるやつおらんやろ"

"EXランクならワンチャン……"

"EXランクとかSSランクより出会えないからなあ"

"ゆいちゃんに夜満足させてもらうしかないねえ、ぐへへ"

"おまわりさんこいつです"

"シャチケンの底、まだ見えないんだよなあ。本気出したらどれくらい強いんだろ"

"地球割りくらいできんじゃね?w"

"あながち否定できないのが怖い……笑"


 バモクラフトが戦闘不能になったと見て俺は立ち去ろうとする。

 すると突然倒したはずのバモクラフトがおもむろに起き上がる。


『ブ、ウウウウウ……!』

「驚いたな、まだ立てるのか」


 さすがはSSランクモンスター。

 その耐久力は並のモンスターとは比べ物にならない。


 しかしさっきの一撃で戦う意志はなくなってしまったらしく、俺を見る目に『恐れ』が見える。


"めっちゃビビってて草"

"今まで自分より強い奴にあったことないだろうからそりゃビビるだろ"

"怖いねえ怖いねえ"

"なんでこの人はモンスターに怖がられてるんですか?"

"A.シャチケンだから"


『ブ、ブウウ……ウオォッ!!』


 バモクラフトはゆっくり俺から距離を取ると、横方向に駆け出す。

 そちらには下層に続く道がある。どうやら逃げるつもりのようだ。


 もちろんそんなこと許すつもりはない。

 俺は地面を蹴って追いつこうとするが……途中で止まる。

 なぜならその役目を俺より相応しい人物が果たそうとしていたからだ。


「逃がさない! お前は絶対にここで止めるっ!」


 バモクラフトの前に立ちはだかった星乃はそう言い放ち、剣を構えるのだった。

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