第15話 星乃、覚醒する

 突然謎の力を発揮した星乃。

 バモクラフトはその現象に見覚えがあった。


 追覚醒ついかくせいと呼ばれる現象がある。

 体内の魔素を燃やし尽くすように活性化させ、普段以上の力を引き出す現象だ。

 魔素を使い尽くすまでという時間制限こそあるものの、追覚醒中は普段の倍以上のパフォーマンスを引き出すことができる。


 しかしそれを会得できるものは少ない。

 命の危機に瀕した時、感情が激しく揺さぶられた時に稀に発生する珍しい現象なのだ。


 中には一度経験したことで感覚を掴みいつでも使えるようになる者もいるが、そのような者は更に稀である。

 しかし星乃は優れた才能センスによりその力の使い方を既に掴んでいた。

 おまけにモンスターを食べたことにより星乃の体内魔素量は普段よりも高く、追覚醒の力を存分に発揮できる状態であった。


「この力がいつまで保つか分からない……速攻で決める!」


 地面を蹴り、星乃はバモクラフトに急接近し、畳み掛けるように斬撃を繰り出す。

 バモクラフトはそれを斧で対処する。


『ブオ……!?』


 想像以上の腕力の強さに、バモクラフトは驚く。

 かつて自分に傷を負わせた憎き人間。それも死の直前に驚きの力を見せたが、星乃の力はそれを超えていた。


「はああああ!」


 バモクラフトが困惑した隙を突き、星乃は相手の腕を左手でつかむ。

 そして思い切り力を込めて、相手を投げ飛ばした。宙を舞い、地面を転がるバモクラフト。自分よりずっと小さい人間に、しかも片手で投げられたことにバモクラフトは驚く。


「まだまだッ!」


 ここが好機とばかりに星乃は敵に駆け寄り剣を振るう。

 バモクラフトはそれを斧で受け止めるが、次第に押されていく。このままではマズい。バモクラフトの顔に焦りが浮かぶ。


『ブゥ……ッ』

「とどめだ!」


 星乃は相手の斧をはじくと、剣を思い切り前に突き出す。

 狙うは左胸。亜人系のモンスターは人間と同じくそこに心臓があることが多い。いかにSSランクのモンスターといえど、心臓を貫かれては生きてはいられない。


(ここで全部出しつくすんだ……!)


 体中の魔素を全て燃焼させる勢いで星乃は最後の攻撃を繰り出す。

 突き出された剣はまっすぐにバモクラフトの左胸に吸い込まれ、剣先が胸に刺さる。


 しかし……先端が刺さっただけで、それ以上は前に進まなかった。

 なんとバモクラフトは左手で星乃の刃を握り、止めてしまっていた。


「な……っ!?」


 星乃は驚きながらも全力で剣を前に押すが、剣はまるで万力で固定されているかのごとく動かなかった。

 バモクラフトはそんな必死な星乃を見て邪悪に笑う。


「あと少し、なのに……!」


 あと数センチ前に突き出せれば勝てるのに。

 星乃は必死に腕に力を込めるが、力が入るどころかどんどん込められる力は減っていく。

 時間切れ。そんな言葉が星乃の頭をよぎる。


『ブオ!』


 バモクラフトは星乃の体を平手打ちし、吹き飛ばす。

 力任せに叩いただけだがその威力は凄まじく、星乃の体は二回ほど地面をバウンドし、転がる。


「が、あ……」


 内臓がひっくり返ったような感覚と、全身を襲う鈍い痛み。

 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。追覚醒によって体内の魔素を急激に消費したせいで体力が底を尽きてしまったのだ。

 しかし星乃はまだ絶望していなかった。歯を食いしばって痛みに耐え、剣を杖にしてなんとか立ち上がる。


「まだ、まだ……」


 足が痙攣し、視界がかすむ。

 彼女にもう戦う力がないことは、誰が見ても明らかだった。


『ブオ、ブオブオブオッ!』


 そんな星乃の姿を見て、バモクラフトは声を出してわらう。

 強い嘲笑と侮蔑を含んだその笑い声は、星乃というよりも彼女の父に向けたものだった。


「わ、笑うな……笑うなぁっ!」

『ブオッオッオッオッ!』


 ダンジョンの中に、悍ましい笑い声が響き渡る。

 そんな中……バモクラフトと星乃、どちらでもない声が聞こえてくる。


「嫌な予感がして来てみたが、正解だったみたいだな」

「へ……?」


 星乃は驚き振り返る。

 するとそこには己の師であり、もっとも尊敬する探索者、田中の姿があった。


「悪いな、もう大丈夫だ。後は任せてくれ」


 そう言って、田中はバモクラフトに顔を向ける。

 いつもの穏やかな表情とは違い、険しい顔をしていた。

 その怒りは弟子を傷つけたモンスターに対してか、それともみすみす一人で行かせることを許してしまった自分自身に対してか。


隻角せきかくのミノタウロス……なるほどこいつがバモクラフトか。確かにこんな凄い魔素のミノタウロス見たことがないな」


 星乃の横を通り、すたすたとまるで散歩をするようにバモクラフトに近づいていく田中。

 その後ろ姿に父が重なった星乃は、恐ろしい結末を予期して叫ぶ。


「だ、ダメ! 逃げて下さい!」


 これ以上大切な人を失いたくない。その一心で星乃は叫ぶ。


 一方バモクラフトはやってくる田中めがけて斧を振り上げていた。誰だか知らないが、復讐の邪魔はさせない。人間ごとき一発で殺してやる、と。


『ブオオオッ!!』


 猛スピードで振り下ろされる巨大な斧。

 しかし田中は避けることもせず、それを真正面から見る。


「安心しろ、星乃――――」


 まっすぐに振り下ろされた斧は、田中の頭頂部に命中し……バキィン! と粉々に砕けた。

 もちろん砕けたのは田中の頭ではなく、斧だ。砕けて散らばる金属片を見て、バモクラフトの表情が固まる。


 一方田中は星乃を落ち着かせるように、優しく言う。


俺は・・死なない・・・・


 そう宣言した田中は、バモクラフトの腹を蹴飛ばす。

 まるで巨大な大砲をゼロ距離で食らったかのような衝撃を受けたバモクラフトは、勢いよく吹き飛ばされ地面を転がる。


 その光景を見た星乃の目に光るものが浮かぶ。

 いつの間にか彼女の足の震えは、すっかり止まっていた。

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