第7話 田中、助太刀する

「えーいっ!」


 星乃は大剣を振り上げ、思い切り振り下ろす。

 それを棍棒で受け止めたオークは体勢を崩す。その隙を見逃さずオークの腹を蹴り飛ばす。


『ブアッ!?』


 重い蹴りを食らったオークは顔を歪めながら後退する。

 ダメージは結構蓄積してそうだ。


 オークは豚のような顔をした、亜人型のモンスターだ。

 皮膚が厚くて、力もなかなか強い。厄介な特殊能力は持っていないが、武器を器用に使うので中層に来たての探索者だと苦労するだろう。


 だけど星乃はオークくらいであれば簡単に倒せるようになっていた。


「そこっ!」


 星乃は横薙ぎに大剣を振るう。

 体勢を崩していたオークは防御が間に合わず、体を両断される。


『ブオ……ッ』


 地面に倒れ、消えていくオーク。

 中層レベルのモンスターなら、もう苦労することもなさそうだ。


「やりました、田中さん!」

「ああ、いい戦いだったぞ。最後の一撃は特に良かった」


 そばに寄ってきた星乃の頭をなでる。

 若い子の頭をなでるなんて嫌がられるのではないかと思ったけど、星乃は自らなでられやすい位置に来るので仕方がない。一回実は嫌なんじゃないかとやめてみたら、とても拗ねてしまったので今はノータイムでなでている。


"オークごときじゃ相手にもならなくて草"

"そこそこ強いモンスターなんだけどね……"

"俺もまだ一対一じゃ勝てないのに(´;ω;`)"

"下層でももう通用しそうだな。深層に行くのも時間の問題か?"

"まだ19歳でしょ? その歳で中層余裕な探索者なんてそういないぞ"

"ネームバリューがあって顔が良くて強いんだ。どこのギルドも欲しがってるだろうな"

"黄金獅子ゴールドレオギルドとか? あそこ平均年収一千万超えてるからな、入れたら勝ち組だw"

"夢があるねえ"

"でもギルド入ったら配信もしなくなるだろうし、シャチケンと会える機会も減るよな……"

"そう考えるとフリーを続けるってのもありかもな。ギルド入らんでも稼げるだろうし"


 コメントをちらと確認すると、視聴者たちは星乃の将来を色々と推測していた。

 星乃は最初、有名ギルドに入りたがっていた。

 そのために大学に通っていたんだ。


 だけど確かに今の星乃なら、ギルドに入らなくても稼げるようになった。

 それどころか配信者を続けている方が稼げるだろう。まだまだ伸び代もあるからな。


 だけど進路を決めるのは彼女だ。ギルドに入る方が収入は安定するからそっちの道を選ぶのも全然ありだ。仲良くなったのに会えなくなるのは寂しいが、仕方ない。

 その時が来たら笑顔で送り出すとしよう。


「どうしましたか?」

「いや、なんでもない。先に進むとするか」


 そう誤魔化し先に進もうとすると、俺たちの行く手にぬっと大きな影が現れる。


『ぶるる……』


 喉を鳴らしながら現れたのは、体長二メートルを超える亜人型モンスターだった。

 筋骨隆々の肉体で手には斧を持ち、その目は血走っている。そしてそのモンスターの頭部は、牛によく似ていた。


「ミノタウロス、か」


 ミノタウロスは中層に出現するモンスターの中では、トップクラスに強いモンスターだ。下層に出現することも珍しくないので、その強さは下層級と言っても差し支えないだろう。


 オークと同じく特殊な能力は持たないが、その筋力はオークを大きく上回る。B級探索者のパーティでも勝つのは難しいだろう。

 ただ今の星乃なら十分倒せるはずだ。


「星乃、行けるか?」

「……え、あ、は、はい!」


 星乃は心ここにあらずといった感じで返事をする。

 顔は青く、手はわずかに震えている。


 いったいどうしたんだ? そう尋ねようと思った瞬間星乃は剣を構えたまま飛び出してしまう。


「はああっ!」


 正面から斬りかかる星乃。

 ミノタウロスは向かってくる敵を確認すると、手にした巨大な斧でその一撃を受け流す。

 普段ならそんなに簡単に受け流されたりはしないが、今の星乃の攻撃はフォームがバラバラでちゃんと力がこもっていなかった。

 本当にどうしたんだ?


『ブオオオオオオッ!』


 ミノタウロスは体勢を崩した星乃めがけて斧を振るう。

 あんな大きな斧が当たれば大怪我は確実だ。


"ゆいちゃん逃げて!"

"危ないっ!"

"なんでそんなに慌ててるんだ!?"

"ミノタウロスにトラウマでもあるのか?"


「しま……っ!」


 星乃の顔に焦りが浮かぶ。

 これは危ないと思った俺は地面を蹴って星乃のもとに向かい、振り下ろされる斧を素手で受け止めた。


「おっと危ない」

『ブモッ!?』


 突然斧を受け止められたミノタウロスは驚き、急いで斧を引き戻そうとするが、斧は俺が右手でガッチリ掴んでいるためピクリとも動かない。

 俺は手にした斧を逆に引き、ミノタウロスごと自分のもとに引き寄せる。そしてその腹めがけて前蹴りを放つ。


『ブオ……ッ』


 前蹴りが当たると、ミノタウロスの腹に大きな穴が空く。

 それが致命傷になったミノタウロスはその場に倒れ、さらさらと消えていく。ふう、これでひとまず安全は確保できたか。


"なんで蹴りで穴が空くんですかね(呆れ)"

"大砲みてえな蹴りだなw"

"ミノタウロスくーん!"

"一応ミノタウロスって迷宮を代表するモンスターなんだけどね……"

"まあでも所詮中層のモンスターだし"

"中層のモンスターに勝てない探索者がどれだけおると思ってんねん!"

"ミノタウロス一人で倒せたら一人前の探索者だもんなあ"


 ミノタウロスが消え一安心した俺は、星乃に目を向ける。


「大丈夫か? いったいどうしたんだ?」

「あ、あの……すみません。私、ミノタウロスだけは・・・・・・・・・駄目なんです」


 青い顔をしながら星乃は答える。

 ミノタウロスだけ駄目というのは珍しい。虫型のモンスターが駄目という人はそこそこいるけど、オークを普通に倒せるのにミノタウロスが駄目なのはどういう理由なんだろうか。


「……このダンジョンの中層最下部に、あるものがあります。そこで説明させていただいでもいいですか?」

「分かった。言いたくなかったら無理に説明しなくてもいいからな」

「いえ……大丈夫です。このことはいつか話さなくちゃいけないと思ってましたから」


 まだ気分の優れない顔をしながらも、星乃は歩き出す。

 俺は周囲を警戒しながら、その後に続くのだった。

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