第6話 田中、指導する

「……と、こんな感じだ。もう一頭は頼んだぞ」


 俺はロケットブルの素材を回収しながら、星乃に言う。

 もう一頭のロケットブルは仲間がやられたことで動揺しているが、まだ戦う気はありそうだ。ロケットブルは気性の荒いモンスター、逃げることはないだろう。


「は、はい! 頑張ります……!」


"そういえば今の見本だったな"

"ゆいちゃんやる気だけど、今のは無理でしょw"

"田中ァ! もっとちゃんとした見本見せろ!"

"ゆいちゃんやる気で草"

"無理しないでゆいちゃん!"

"やる気があるだけすげえよw"


 星乃は腰を落とし、両手を緩く前に出して構える。

 その構えはレスリングのそれによく似ている。突進する相手を捕まえるには、適した構えだ。


 多分考えてそうしたんじゃなくて、自然と体が動いたんだろう。俺の睨んだ通り星乃には才能がある。もし頭を使って戦えるようになれば、もっと強くなるはずだ。


『ぶるるる……ブルッ!』


 ロケットブルは星乃に狙いを定め、地面を蹴る。

 そして背中から生えた推進装置スラスターから魔素を一気に噴出して、急加速する。


 正面から見るとまるでワープしてきたかのように感じるほど、それは速い。並の探索者であれば反応することもできずその二本の角に貫かれるだろう。


 しかし星乃はしっかりとそれを目で捉えていた。


「……えいっ!」


 突進が当たる直前、星乃も地面を蹴りロケットブルにぶつかる。

 しっかりと角と角の間に体を滑り込ませ、両脇で角を固定ホールドしている。これなら刺される心配はない。


「む、ぎぎ……」


 星乃はロケットブルの突進を受け止めていた。

 ロケットブルは『ぶも……!?』と、信じられないといた表情を浮かべている。まあ自分より小さい少女に受け止められたんだ、そりゃ驚くだろう。


"ええっ!?"

"まじかよ"

"ひっ"

"受け止めてて草"

"なんでできんねん!"

"さすが弟子"

"受け継がれる脳筋遺伝子"

"あの細腕のどこにそんなパワーが……"

"パワー!!"

"ヤー!!!!!"

"ほしのきんにちゃん"

"筋肉チャン二世"

"かわいくないあだ名がどんどんつけられてく……泣"


『ぶ、ぶもぉ!!』


 ロケットブルは推進装置スラスターから更に魔素を噴射し、星乃を吹き飛ばそうとする。

 するとロケットブルを受け止めている星乃が、じりじりと後退し始める。星乃は「むぎぎ……」と踏ん張っているけど中々キツそうだ。


「星乃、もっと腰を落とすんだ。重心は低く、力は下から上に伝えろ」

「わ、分かりました……ぐにに……」


 俺は受け止めている星乃のすぐ横に行って、アドバイスをする。

 ロケットブルは俺を見て驚いたような目をしたけど、推進装置スラスターの勢いは止めなかった。


"普通にアドバイスしに行くの草"

"なんでそこに入り込めんねん"

"ロケットブル「なんだこいつ」"

"あかんw絵面がシュールすぎるw"


 星乃は俺が教えた通り、更に姿勢を低くして力の入れ方を変える。

 するとジリジリ後退していた星乃の足が、止まる。よし、ちゃんと教えたとおりにできてるみたいだ。


「足を杭のように地面に打ち込むんだ。体だけじゃなくて、地面の力を借りて受け止めろ。そして完全に受け止められたら、相手の力を利用・・して投げるんだ。投げ方は自分の体が動きやすいものでいい」

「わかり……ました……っ!」


 星乃は真剣な表情をしながら、ロケットブルの角を抱える。

 すると次の瞬間、今まで小刻みに揺れていた星乃の体が、ピタッと止まる。


 これは力を完全に受け止めら切れた証。どうやら力の使い方を掴んだみたいだ。


「ここ……っ!」


 星乃は左手を角から離し、体を横に半回転させる。

 そして右手で掴んでいた角を自分の肩に乗せると、足に力を入れて思い切り前に体を倒す。


「えーいっ!」

『ブモッ!?』


 星乃はロケットブルの角を使って『一本背負い』したのだ。

 宙に浮いた自分の体を見て、ロケットブルは驚いたように鳴いた後……思い切り地面に叩きつけられる。


 ドンッ! という大きな音と共に背中を強く打ち付けるロケットブル。

 その一撃は致命傷になったみたいで、ロケットブルはさっきと同じように大きな肉を残して消える。


 うん、いい一撃だった。文句なしだ。


"えええ!?"

"ちゃんとできてて草"

"できるんかい!!!!!"

"もうやだこの脳筋夫婦"

"ゆいちゃんってまだ19歳だよね? やば……"

"俺前から配信見てるけど、シャチケンに会う前と今じゃ、動き全然違うわ"

"A級の実力はもうあるな。頑張り次第じゃS級になるのも遅くなさそう"

"成長性Sじゃん"

"田中のステータスも気になる"

"破壊力SSS スピードSS 射程距離A 持続力SS 精密機動性SSS 成長性SS こんなもんか?"

"バケモンすぎる。弱体化ナーフしろ"

"その内時間止めれるようになりそう"


 星乃が倒したこともあり、コメントは盛り上がる。

 俺も教えた甲斐があるというものだ。人が成長するのを見るのは楽しいな。


「や、やりました!」


 ロケットブルが消えたのを確認した星乃は、嬉しそうに俺に抱きついてくる。

 まるで大型犬みたいな喜び方だ。ただ犬とは違ってやわらかいものが色々と当たってしまう。俺は雑念を必死に押し殺し、その頭をなでるにとどめる。


「よくやったな。バッチリだったぞ」

「田中さんのおかげです、ありがとうございます!」


 そう言って星乃は至近距離で眩しい笑みを俺に向ける。

 うう、社畜には眩しすぎる。


"効いてて草"

"かわいすぎる"

"ゆいちゃん前より更にかわいくなったよなあ"

"恋は乙女を成長させるからね"

"早く結婚しろ(ガチギレ)"

"もうちょい押せばいけるやろ"

"凛ちゃん派のワイ、号泣"

"なに、田中なら全員幸せにしてくれる"

"異端ワイ、堂島ルートを熱望する"

"それは多分実装されていない……"

"友情エンドならワンチャン"


 俺は星乃から離れると、ロケットブルが落とした物を回収する。

 これだけあればそこそこ腹も満たされるだろう。探索しながら食べれるキノコとかも拾ってるから、食材には困らない。


「よし、じゃあ行くか」

「はい!」


 こうして俺たちは、戦いを挟みつつ中層を進むのだった。

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