第六章 田中、コラボするってよ

第1話 田中、コラボ配信をする

 楽しい食事を終えた後、俺は星乃と軽くコラボの打ち合わせをして、帰ることにした。

 泊まっていっていいとも言われたけど、それはまだ早い気がした。居心地が良くなりすぎて帰りづらくなっても困るからな。


「えー、シャチケン帰っちゃうの? マリカやろうよ! マイクラもあるよ!」

「……さびしい」


 亮太と灯ちゃんに悲しまれた時は帰る選択を少し後悔したけど、ここはいつでも会いに来れる距離だ。また遊びに来る約束をしてなんとか納得してもらう。


「じゃあまたな星乃。コラボ楽しみにしてるよ」

「はい、今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございました。あの、私もっと料理勉強して、次はもっと美味しいものを作れるようにしますので、楽しみに待ってて下さい!」

「それは楽しみだ。いつでも呼んでくれ」


 星乃とそう話すと、すみさんが俺の近くにやって来る。

 すみさんは他の人には聞こえないくらいの声の大きさで俺に言う。


「唯がここまで明るくなったのは、田中さんのおかげです、ありがとうございます。あの子は父が死んでから無理して明るくふるまって・・・・・いましたが、今は昔のように心から笑えるようになりました」

「そんな。俺はたいしたことしてませんよ」


 確かにモンスターに襲われてるところから助けたが、それくらいだ。

 後は星乃は自分の力で立ち直った。俺の力じゃあない。


「ふふ、謙虚なのですね。これからもあの子をよろしくお願いします。母ともども……ね」


 そう言ってすみさんは俺の手を優しくぎゅっと握ってくる。

 な、なにをされたんだ俺は!? 突然のことに俺は驚いてしまう。


「ふふ、冗談ですよ。冗談」

「は、はあ……」


 本当に冗談だったのだろうか?

 これが魔性の女か……恋愛経験値の低い俺には難敵すぎるぜ。


「ちょっとお母さん! いつまで二人で話してるの!?」

「はいはい。今戻りますよ」


 そう言ってすみさんは離れる。

 そうして玄関でいつまでも手をふる四人に見送られ、俺は帰宅するのだった。



◇ ◇ ◇



 星乃家にお邪魔してから三日後。

 俺は再び電車を乗り継いで西東京にやって来ていた。


 お目当ては西東京ではトップクラスに大型のダンジョン『八王子ダンジョン』だ。

 結構強めのモンスターが出ることで有名で、過去にはこのダンジョンで多くの死者が出たこともあるほどだ。なんでもその時は下層に深層クラスのモンスターが出現したらしい。

 だから今では下層への立ち入りが禁止されている。

 ま、今回の配信は中層までにする予定だから関係ないけどな。


「あ! 田中さん! おはようございますっ!」


 ダンジョンに近づくと、そう声をかけられる。

 声の主はもちろん星乃だ。いつもの探索用の服に身を包み、背中には大剣を背負っている。準備万端といった感じだ。


「おはよう。今日はよろしくな」

「はい! こちらこそよろしくお願いします! 私、頑張ります!」


 いつも以上に気合の入った星乃。

 出会った頃はそれほど登録者が多いわけではなかった彼女だけど、今では登録者百万人超えの大物Dチューバーだ。

 それなのに今もこまめに配信していて、ネタも頑張って変えている。その頑張りには頭が下がってしまう。


「じゃあ早速配信を開始するとするか。大丈夫か?」

「はい! いつでも大丈夫です!」


 星乃の許可が取れたので、俺はドローンを起動する。

 ちなみに今回は星乃がゲストという立ち位置になったので、俺のチャンネルで配信することになっている。もちろん収益は折半だ。全額渡してもいいと言ったのだが、それは断られてしまった。


「よし、これで設定はOK……と。じゃあいくぞ、配信スタート」


 ドローンに配信開始を伝える赤いランプがつく。

 最初に映るのは俺一人。まだ星乃がゲストであることを視聴者は知らない。


「おはようございます、視聴者のみなさん。今日は午前中から配信に来ていただきありがとうございます」


"わこつ"

"わこ"

"わこつ剣聖"

"待ってた"

"田中ァ! 配信ありがとなァ!"

"今日はどんなモンスターを食べるんですか?"


 あっという間に同接は十万人を超える。この速度、まだ慣れないな……。

 本当にそんな人数が見てるのか?


「ほら、リリも挨拶しなさい」

「り?」


 ポケットをとんとんと叩くと、中からリリが顔を出して、ドローンに向かって「り」と頭を下げる。そして眠いのかポケットの中にスポッと戻ってしまう。

 まあ挨拶してくれただけいいか。


"リリちゃあああああああああん!!"

"リリたそが元気で今日も嬉しい"

"今俺のこと見たって!"

"眠そうでかわE"

"ペロペロしたいお"

"わいもシャチケンのポケットで寝たい"

"握触手会はまだですか!????!?!?"

"ぷにぷにでかわいいね……ちゅ"

"キモすぎて草"

"リリちゃんなら俺のポケットで寝てるよ"


 リリが現れると、コメントの勢いも加速する。

 相変わらずすごい人気だ。リリのチャンネルを作ったら登録者数が抜かれそうで怖い。


「さて、今日はゲストを呼んで、一緒に配信しようと思っています。それではどうぞ!」


 そう呼び込むと、星乃が笑顔で俺の隣にやってくる。

 少し緊張している様子だ。あまりコラボみたいなのはやってないからだろうか。


「お、おはようございます! ゆいちゃんねるをやってます、星乃唯です! よろしくお願いしまひゅ!」


 最後の言葉で星乃は思い切り噛んでしまう。

 星乃は恥ずかしそうに顔を赤くする。


"ゆいちゃんだ!!"

"ゆいちゃーーーーん!"

"二人でダンジョンって久しぶりだね"

"デート配信やんけ!"

"二人のダンジョン配信はいいね。安定してそう"

"噛んでてかわいい"

"シャチケンの側だから緊張しちゃんたんだねえ(ニチャア)"

"乙女やなあ"

"力の一号と力の二号がまた配信してしまうのか(畏怖)"

"本日の脳筋配信と聞いて"

"力こそパワー"

"いいから早くいちゃついてくれ"

"ほんまやで、はよ結婚してくれや。ご祝儀スパチャの準備はできとるっちゅうねん"


「えっと、今日はなんと田中さんとコラボをさせていただけることになりました! なので今日はとっても強い田中さんに弟子入りして、ビシバシ指導してもらうことにしました! よろしくお願いします!」


 星乃はそう言って俺に頭を下げる。

 そう、今回はそれが主題のコラボなんだ。


 星乃は今でもその若さにしては充分強い。しかし星乃はもっと強くなりたいそうだ。

 だから俺に弟子入りをお願いしてきた。人に教えるのは嫌いじゃないし、俺も星乃がどこまで強くなれるかは興味がある。断る理由はなかった。


"面白そうな企画やな"

"更に強くなるのか……(恐怖)"

"シャチケンに弟子入りできるとか裏山"

"役得やね"

"弟子入りからそのまま嫁入りまでするという訳か"

"それは策士過ぎるw"


 コメントの反応も上々だ。

 これなら楽しんでもらえそうだな


「それじゃあ早速ダンジョンに入るとしようか」

「はい! よろしくお願いしますね、田中さん!」


 こうして俺たちは、八王子ダンジョンの中に足を踏み入れるのだった。

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