第7話 田中、ごちそうになる

「いただきまーす!」


 食卓についた俺たちは、手を合わせてそう言った。

 目の前にはほかほかのご飯、お味噌汁、唐揚げ、だし巻き卵、サラダなどが並んでいる。


 こんなザ・家庭料理を食べるのなんて、十年ぶりくらいだ。俺はなんだか感動してしまう。

 しかし星乃の母親、すみさんは申し訳なさそうな顔をする。


「すみません、あまりいい物を出せなくて。その代わり腕によりをかけて作りましたので」

「そんな! 全部美味しそうですよ! いただきます!」


 俺はそう言って唐揚げを一つ取って、口の中に放り込む。

 揚げたてなだけあってアツアツで、口の中に美味しい肉汁がじゅうと広がる。衣もパリパリで最高だ。


「うん、美味しい! 何個でもいけますよこれ!」

「あらあら、それはよかったです。とても嬉しいですね、唯」


 すみさんがそう言うと、星乃がビクッと震える。

 どうしたんだろうか?


「実は唐揚げはこの子が作ったんです。普段はあまり料理をしないのに、急に『お母さん料理教えて!』って言うから驚きました。田中さんに食べてほしかったんですね」

「ちょ、お母さん!? 言わないでって言ったよね!!」


 星乃が恥ずかしそうにそう言うけど、すみさんは「あらあら照れちゃって」とどこ吹く風だ。どの家庭でも母は強いな。

 それにしてもまさか俺のためにここまでしてくれるなんて……少し恥ずかしくなるな。


「もぐもぐばくばく」

「おかーさん、これおいしいね」


 亮太と灯ちゃんも美味しそうに食べている。

 家族仲も良好みたいだ。


「りり、たべたい」


 リリも慣れない言葉を話してご飯を催促する。

 俺は手頃な大きさの唐揚げを取ってリリの近くに持っていくと、大きな口がカパッと開いて唐揚げをむしゃりと食べる。この瞬間はちょっとだけグロいな。


「んま、んま」


 リリも気に入ったみたいで体を左右に揺らして歓喜のダンスを踊っている。

 ちゅーるを食べた時でもこのダンスは中々踊ってくれない。


 ちなみにこの前このダンスをショート動画で投稿したら、なんと十億再生を達成してしまった。ネットミームにもなって色々なファン動画が投稿されている。

 リリ人気恐るべしだ。


「おかーさん、それとって」

「この前のダンジョンでこんなことがあって……」

「あらあら、そんなことがあったの」

「あ、宿題やってない」


 仲良さそうに会話する星乃家。

 ……それにしてもこんな風に俺だけ混ざっていると、なんだか婿入りしたみたいな気分になってくるな。むず痒いけど……とても居心地がいい。

 この家庭の味も昔家族でご飯を食べていた時のことを思い出してしまう。


「どうされましたか?」


 箸が止まっていて不思議に思ったのか、すみさんがそう尋ねてくる。

 心配させてしまったみたいだ。


「い、いえ。こうやって食卓を囲んでご飯を食べるのなんか久しぶりで、少し感傷に浸ってしまいました。すみません」

「そうでしたか……。失礼ですが、田中さんのご家族はどうされているのですか?」


 すみさんの質問に、俺は答えるのを少し躊躇う。

 この話は聞いてあまり面白いものでもない。だからあまり話さないんだけど……今日の俺は少し気が緩んでいた。もしかしたら受け入れてもらえるのではないかと、それを話してしまう。


「兄弟はいません。親は……二人とも亡くなりました。魔素中毒で入院して、なんとか治療費を払って退院するとこまでは行ったんですが……下がった体力は戻らなくて」


 須田に借りた金と、働いて得た金で、入院費と治療費の工面はできた。

 政府に伝手があるおかげで、最新の魔素中毒治療を受けさせることもできた。


 だけど……両親を救うことはできなかった。

 二人が亡くなったのは皇居直下ダンジョンから生還して、少し経った時のことだった。

 今にして思えば、俺が逃げるように仕事に打ち込み、精神を病んだのは、両親の死も一因だと思う。


「そう……でしたか」

「あ、すみません! 重い話をしてしまって。でももう乗り越えたんで大丈夫です。はは、私ももういい大人ですからね。いつまでも引きずってはいませんよ」


 そう取り繕うと、すみさんは困ったような表情をする。

 参ったな。少し話しすぎてしまった。


 そう反省していると、突然星乃がダン! と音を立てて立ち上がる。


「そ、そんなの全然大丈夫じゃありません! 駄目ですよ、悲しい時はちゃんと悲しいって言わないと!」


 そう主張する星乃の目には涙が浮かんでいた。

 どうやら俺の気持ちに寄り添いすぎて、自分も悲しくなってしまったみたいだ。


「私だってお父さんが亡くなった時は悲しくて、つらくて……たくさん泣きました……うう……」


 話しながら星乃はぼろぼろと大粒の涙を流し始め、とうとう話せなくなってしまう。横に座っていたすみさんは、そんな彼女の背中を「よしよし」となで始める。


「ごめんなさいね、田中さん。この子は貴方のことを心配しているんです。最近貴方の会社員時代のエピソードをまとめた動画を見たみたいで……」

「ああ、なるほど……」


 Dチューブは、ダンジョン配信がメインコンテンツだけど、普通の動画も投稿できる。

 その中にはいわゆる「解説動画」というジャンルがあって、人工音声でなにかを解説させるのが古くから流行っているんだ。


 俺のエピソードもたくさん解説されていて、星乃はそれを見たんだろう。


「悲しんでいい。そう言われても、大人の男性である田中さんには難しいかもしれません。強がらなければならない時の方が多いことでしょう。ですのでこの先もし、悲しみの行き場を失ってしまいましたら……ぜひまた我が家にお越し下さい。たいしたことは出来ませんが、また温かいご飯を作っておもてなしさせていただきます」

すみさん……」


 俺はその言葉に、救われた気がした。

 温かく迎え入れてくれる場所があるのは心の支えになる。


「ありがとうございます。また機会がありましたら、お世話になります」

「いえいえ。貴方は娘の大恩人です。家族も同然なのですから気にしないで下さい」


 そう言ってすみさんは、記憶の中にある母と同じような笑みを俺に向けるのだった。


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《一言コメント》

すみさんは良家の出身です。

星乃父と駆け落ち同然で家を出ており、今も実家と連絡は取っていません。

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