第6話 田中、お邪魔する

 星乃の弟と妹、亮太と灯ちゃんと共に俺は星乃の家の中に入る。

 少し年季を感じる木造の家で、歩く度に床板がキシ、キシと小気味良く音を鳴らす。田舎にあった父親の実家の家を思い出すな。


「シャチケン! こっち!」


 俺の肩から飛び降りた亮太が、俺の手を引く。


 連れられて中に入るとなにやらいい匂いがしてくる。

 星乃がエプロンをしていたことから考えると、料理を作ってくれているみたいだ。家庭料理なんて食べるの、もしかしたら十年ぶりくらいかもしれない。楽しみだな。


 そんなことを考えながらリビングにつくと、一人の女性が俺を出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、田中さん。よく来て下さいました」


 その女性は落ち着いた声でそう言うと、恭しく一礼する。

 歳は俺より少し上くらいか? 大和撫子って感じのとても綺麗な人だ。俺は少し緊張してしまう。


「あ、はい。お邪魔します。田中誠です。こちらこそよろしくお願いします。えーと、あなたは……」

「私は唯の母の星乃すみと申します。娘ともども、よろしくお願いいたします」

「え、お母さん……!?」


 俺は星乃とすみさんを交互に見る。

 とても母娘おやこには見えない。少し歳の離れた姉妹かと思ったくらいだ。


 この若さで子どもを三人も……人間って凄いな。


「田中さんには前々からお会いしたかったんです。唯ったら家では田中さんのことばかり話すんですよ?」

「ちょ、ちょっとお母さん!? 変なこと言わないでよっ!?」


 星乃は慌てた様子ですみさんをキッチンの方へぐいぐい押し込む。

 どうやら親子の仲は良好みたいだ。


 それにしても星乃家で俺はどういう風に話されているのだろうか? 気になるな。


「田中さん! もうすぐご飯ができますので、リビングで休んでいて下さい! あ、ここに麦茶置いておきますね!」


 星乃は慌ただしい感じでそう言うと、キッチンに戻る。

 コラボの打ち合わせは先になりそうだなと考えていると、亮太が俺の手を引く。


「ねえねえシャチケン! スマブラやろうよ!」

「お、いいぞ。まだフォックスはいるのか?」


 懐かしいゲームの名前を聞いた俺は、亮太とともにテレビの前に座る。

 最近はフルダイブ型のゲームが流行っているけど、俺は昔ながらのコントローラー式ゲームの方が好きだ。中学生の頃はよく足立と須田と一緒に遊んだものだ。


「俺、キャラ全員出してるんだよ!」

「へえ、それは凄い。やるじゃないか」


 俺と亮太は並んで座りながらゲームを始める。

 ゲームをやるなんて十年ぶりだけど、意外と体は覚えているもので普通に操作できた。キャラを選択しながら横を見ると、あかりちゃんがもじもじしながら立っていた。


「灯ちゃん、こっち来るか? ほら、リリもいるぞ」

「りり?」


 ポケットからリリを出すと、灯ちゃんはぱっと顔を明るくする。


「すごい! ほんもののリリちゃんだ!」


 灯ちゃんはリリを見ると大喜びで近づいてくる。

 リリは昨日お披露目したばかりだけど、もう子どもにも知られているみたいだ。ネットの拡散力は凄いな。


「さ、触ってもいいですか?」

「もちろん。リリもいいな?」


 頼むとリリは「てけ」と頷く。意外とサービス精神が旺盛だ。

 灯ちゃんは俺の膝の上に座ると、手の平にリリを乗せて優しく触る。ほっこりする光景だ。


「すごい、つるつるでぷにぷにしてる!」

「りりっ」


 なぜか得意げなリリ。

 どうやらつるつるぷにぷになことが自慢みたいだ。


「シャチケン! 始まるよ!」

「ああ、いつでもいいぞ」


 灯ちゃんに構っている間にスマブラが始まる。

 操作は覚えていたけど、腕は落ちてるな。中々思うようにコンボを決められない。


「むう、生身ならもっと速く動けるんだけどな」


 キャラが思ったとおりに動いてくれない。俺自身がスマブラのキャラになれればいいんだけど、そうはいかない。思い切り操作をすればコントローラーが壊れるし、これは難しいぞ。


「田中さん。リリちゃんにお菓子あげてもいい?」

「もちろんいいぞ。あ、でもあげすぎには注意してくれよ」


 俺はゲームに四苦八苦しながら膝の上の灯ちゃんとお喋りする。

 中々大変な作業だ、モンスターハウスに閉じ込められた時より忙しいかもしれない。世のお父さんお母さんの苦労が忍ばれる。


「そうだ灯ちゃん。そうやってお菓子をあげてくれ。上手だぞ」

「えへへ、田中さん。なんだかお父さんみたい」


 灯ちゃんはそう言って無邪気に笑う。

 そうだ、確か星乃の父親は亡くなっていたんだったな。それなのにこの子達がこんなに明るいのは、星乃とすみさんの頑張りのおかげだろう。

 親がいなくなる気持ちは俺もよく分かる。俺も中学生の時に両親が魔素中毒で入院して、そこからは一人で暮らしていたからな。

 俺がいることで少しでも父親がいる気持ちを思い出してくれるなら嬉しいな。


 などと考えていると、後ろから足音が聞こえてくる。


「田中さん、ご飯ができ……って、二人ともなにしてるの!?」


 リビングにやってきた星乃は、俺たちを見て驚いたように声を上げる。

 今俺は亮太と隣り合いながらゲームをやりながら膝に灯ちゃんを乗せ、灯ちゃんの手の上にはリリが乗っている。中々カオスな状況だ。


「す、すみません田中さん。弟たちが迷惑を……」

「いやいや、こんな風に遊ぶのは久しぶりだから楽しいよ。なあ亮太」

「うん!」


 亮太は楽しそうに頷く。

 しかし星乃はまだ納得していないようで、


「ほら、灯も降りなさい。あまりべたべたしないの」

「むー」

「むーじゃなくて」


 そう微笑ましいやり取りをしていると、亮太が口を挟んでくる。


「わかった、姉ちゃん『嫉妬』してるんだ! 自分はシャチケンと遊べないから俺たちに嫉妬してるんだ!」


 亮太がそう星乃をからかうと、星乃は顔を真っ赤にしながら「ちが……っ!」と慌てる。

 するとそれを聞いていた灯ちゃんが俺の膝の上から降りる。


「お姉ちゃんも乗りたかったんだね。わたしはもう乗ったからいいよ」

「え……!?」


 妹から姉へ明け渡される俺の膝上。

 いやいや、そんなことしても乗らないだろ……と思っていると、なんと星乃は「え、えい!」と俺の膝上に乗ってくる。


「ちょ!? 星乃お前なにして……!」

「え、えへへ。すみません」


 謝りながらも星乃は降りる気配がない。

 兄弟三人揃ってなんて甘えん坊なんだ。


「田中さんにこうしてるとなんだか落ち着くんです」

「いや、それは嬉しいけど、そうしていると色々まずい……!」


 やわらいかいものが色々当たる上に、いい匂いがするせいで俺の煩悩が激しく刺激される。

 このままではマズい。そう思っているとキッチンからもう一人の人物がやってくる。


「なにをしているのですか。ご飯ですよ」


 先程までとは違う、冷たい声ですみさんがそう言う。

 すると星乃は「ひゃい!」と言いながら飛び跳ね、俺から降りる。ふう……危なかった。


「娘が申し訳ありません田中さん。さ、ご飯ができましたのでどうぞ」

「あ、はい。どうも……」


 俺はそう頭を下げながら、食卓に向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る