第18話 田中、抱き抱える
"やった! シャチケンが勝った!"
"シャチケン最強! シャチケン最強!"
"ショゴスくん……惜しい奴をなくしたよ"
"ショゴスくんの次の活躍にご期待ください"
"いや、マジでやばいぞこれ。アメリカとかショゴスをダンジョンに封じ込めるのに大金つぎ込んでいるわけで……個人で倒せる奴が出てきたら国が動く"
"ショゴスの被害を受けた者です。救われた気分になりました、ありがとうございます(英語)"
"ほんと田中いて良かったわ。ショゴス出てきてたら東京壊滅してただろ"
"田中ァ! ありがとなァ!"
"俺近所だからマジで焦ったわ。まあシャチケンいるから大丈夫だろってなったけどw"
"堂島大臣にも感謝だなw また国会やら記者会見やらで色々言われるだろうけど、俺は応援してます!"
"あの人支持率クッソ高いし大丈夫でしょw 誰も他にあそこの大臣できる人いないしw"
無事ショゴスに勝利した俺は「ふう」と一息つく。
初めて戦ったから少し緊張したけど、まあ上出来だろう。コメントの反応も上々だ。
「……ん?」
突然足元が揺れ、ダンジョンの全体からゴゴゴゴ、と音を立てる。
どうやらさっき壊したのがダンジョンコアで合っていたみたいだな。
コアが壊れればダンジョンは壊れ、ダンジョンが生まれる前の状態に戻る。まだ原理は分かってないけど、ダンジョンがなくなっても地盤沈下が起きたりはしない。
本当にどういう仕組みになっているのやら。
「うわ、ショゴスの欠片が服に付いてる」
気づけばスーツのお腹の部分に黒いネバネバしたものがついていた。
他のネバネバはショゴスを倒した時に溶けたんだけど、なぜかこれだけ残っている。
俺はそれを手で払おうとしたけど……強くくっついているせいで中々取れない。
早く脱出しなきゃいけないし、ひとまず放っておくか。洗濯機で洗えば落ちるだろ。
「てけり、り」
「んあ?」
ふとショゴスっぽい声が聞こえて辺りを見渡すが、動くものは見つからない。
幻聴か? ショゴスには精神汚染能力があるからそれの影響を受けてしまったのかもしれない。戻ったら検査を受けた方がいいかもな。
「ま、今は脱出するのが先だ。このまま中にいたらぺちゃんこだからな」
脱出するまでがダンジョンアタックだ。
俺は後ろで観戦していた凛のもとに駆け寄る。
「早く脱出しよう、行けるか?」
「……あ、はい! もちろんです!」
凛は俺を見てしばらくぽーっとした後、いつもの調子に戻る。
まあEXランクのモンスターと対峙したんだ。緊張して当然か。
"凛ちゃんまた惚れ直しちゃったねえ"
"顔真っ赤でかわヨ"
"おじさんが胸ドキドキしちゃうよ"
"動悸定期"
"なんで彼は押し倒さないんだい!? 彼女はそれを待っている!(英語)"
"外人ニキの方が察しいいの草"
"鈍感って英語に直したらなにになるんだ? 俺が@つけて個別コメ送るわ"
"insensitiveらしい"
"ヒーイズベリーベリーインセンシティブ、オーケー?"
"草"
"有能か無能か判断に困るな"
"なんでカタカナやねん"
"
"通じてて草"
"てか翻訳機能あるから日本語で送れw"
ダンジョンが激しく揺れる中、俺と凛は落ちてきた穴の方に駆ける。
するとその途中で凛が「く……っ」と苦しげに呻く。
見れば凛は右足を庇うように走っている。どうやらショゴスとの戦闘でダメージを負っていたみたいだ。
「凛、その足……」
右足の裾の部分が溶けて、下の皮膚が赤くなってしまっている。
ショゴスの飛び散った粘液が掠ってしまったみたいだな。俺の皮膚は人より少しだけ丈夫だから大丈夫だけど、普通の人なら大怪我になってしまう。
我慢してるけど相当痛いだろう。
「こ、こんな怪我、大丈夫です。先生のお手を煩わせるわけには……」
「いやいや。そう言われても『じゃあ大丈夫か』とはならないだろ。成長したところを見せたいと思ってくれるのは嬉しいけど……」
俺は凛に近づくと、彼女の隙をついて「ほっ」と彼女を抱き抱える。
その形はいわゆる「お姫様だっこ」というやつだ。凛は驚いて「きゃ!?」とかわいらしい声を上げる。
「もっと遠慮なく頼ってほしい。先生っていうのは教え子にいつまでも頼られたい生き物なんだから」
「先生……」
凛は俺の言うことを理解してくれたのか、抵抗するのをやめてぎゅっと掴んでくる。
よし、これで脱出する準備は整ったな。
"また攻略してますよ奥さん"
"凛ちゃん嬉しそうで可愛すぎる"
"ここに結婚式場を立てよう"
"[¥30000]ご祝儀代です"
"幸せなキスをして終了しろ"
"わいもシャチケンの教え子になりたい人生だった"
"[¥50000]本日のスパチャタイミングはここですか?"
"[¥56000]俺の預金残高が火を吹くぜ!"
"みんな気前いいね。俺も本当に結婚したら出すわw"
"[$30000]なんだい? お金を出せばいいのかい?(英語)"
"外人ニキ!?"
"3万ドルは草"
"これはスパチャお礼挙式不可避"
「おわっ、なんかスパチャが凄いことになってる」
あっという間に俺の社畜年収を超える金額が積み上がり、喜びの前に怖いが立つ。いや、ありがたいんだけどこんなに貰っていいのかね。
「えっと、視聴者のみなさんありがとうございます。どこかでお礼配信でもし……って挙式? ご祝儀? なんのことですか……」
意味のわからないコメントに呆れていると、頭上の穴から大量のスライムがボトボトボト! と落ちてくる。
どうやら振動によって落ちてきてしまったみたいだ。
スライムたちは俺を見ると、ぽよぽよ跳ねながら体を震わせ、威嚇してくる。
どうやら敵とみなされているみたいだ。
「……っと。少しコメントに気を取られ過ぎたな。急いで脱出する。しっかり掴まっててくれ」
「は、はい。お願いいたします」
凛は俺の体にぎゅーっとしがみついてくる。
やわらかい感触といい匂いで理性が弾け飛びそうになるが、鋼の精神力でこらえる。
「よし。それじゃあとっとと
俺は襲いかかってくるスライムたちを蹴っ飛ばしながらダンジョンから脱出し始めるのだった。
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