第19話 田中、登る
「ほっ、ほっ」
ダンジョンが崩れる中、俺は壁を登っていた。
揺れは段々強くなっていくけど、まあこの分なら脱出する余裕はあるだろう。
"普通に壁を歩いてるの草"
"なんかもうこれくらいじゃ驚かなくなってきた自分がいる……"
"もう他の配信じゃ満足できなくなってきたわw"
"最低でもショゴスを食べるくらいはしてもらわないと"
"真似する奴出るからやめーや"
"ショゴス倒せる奴がそもそもいないんだよなあ……"
"田中のやったことリスト
・皇居直下ダンジョンを攻略し、帰還する
・
・特異型ダンジョンを破壊してショゴスが外に出るのを防ぐ
……もしかしてシャチケンって英雄じゃね?w"
"こうやって羅列されるとヤバすぎて草"
"国民栄誉賞不可避"
"こんな奴を社畜としてこき使っていた奴がいるらしい"
"はは、そんなわけ……ほんまや"
"須田はマジで何者だったんだ"
壁を早足で駆け上っていると、壁の穴からスライムたちがにょろにょろと出てくる。
ダンジョンが崩れだしたからパニックを起こしているのか、それともダンジョンを壊した俺に怒っているのかは分からないが、邪魔になるのは確かだ。
しかし足は壁を掴んでるし、腕は凛をお姫様抱っこしているので、文字通り手も足も出ない。
どうしたものかと思っていると、凛が身を捩りながら右手をスライムの方に向ける。
「ここは私が。先生は気にせず進んでください」
「わかった。任せたぞ」
凛は俺の言葉にこくりと頷くと、右手に魔素を溜めて「
縦穴の中を埋め尽くすように発射されたその雷は、スライムたちを一瞬で蒸発させてしまう。
「流石だな。助かったよ凛」
「いえ、先生のご活躍に比べたらまだまだです」
謙遜する凛。
しかし魔法というのは便利だな。
「俺も魔法が使えるようになったらもっと色々な戦術が使えるんだけどなあ」
"まだ強くなる気なのか(戦慄)"
"シャチケンが魔法まで使えるようになったら終わりだよ……"
"物理最強キャラがバフと範囲攻撃使えるようになるってこと? バグじゃん"
"既にバグキャラだからな……"
"さすがに
"神「ちょっとミスったわ」"
"既にミスってますよ"
なんかコメントが盛り上がっているけど、今は確認せずに壁を登る。
時折瓦礫が振ってきたりするので、それに飛び乗ってジャンプしたりもする。アスレチックみたいで少し楽しいな。
そんなことを考えていると、とうとう縦穴の終わりが見えてくる。
これを登り切ったら出口はすぐそこだ。
「……先生。私が先生と初めて会った時のことを覚えていますか?」
「ん?」
突然凛が話を切り出してくる。
いったいどうしたんだろうか。
「ああ、覚えてるぞ。初めて会った時は俺に殺意むき出しで驚いたもんだ」
「……本当にすみません。深く反省しています」
今の凛を見たら信じられないけど、最初会った時の凛は荒れていた。
突然教官として雇われた俺が気に食わなかったのか、しょっちゅう喧嘩を売ってきて、その度俺は撃退した。
そんなことを繰り返している内になぜか懐かれたけど、あの時は大変だったな。トイレしてる時まで襲われた時は流石に説教したものだ。
「私があの時先生を敵視していたのには理由があるんです。私はあの時姉さん……天月課長が先生に取られてしまうのが、怖かったんです」
「……なるほど。そうだったのか」
凛は魔物に襲われているところを天月に助けられ、保護された。
それ以降は今も天月のもとで生活している。二人は姉妹のように仲がいい。
「姉さんが先生に好意を寄せていることはすぐに分かりました。二人が側にいたらくっついてしまうかもしれない、そうしたら私は捨てられるかもしれない。そう馬鹿なことを考えた私は、先生を追い出すために何度も戦いを挑んだのです。また家族を失ったら今度こそ私は自分が壊れてしまう……そう思っていましたから」
まさか凛がそんなことを思っていたなんて知らなかった。
やけに殺気を感じると思ったけど、それは家族を失わないためだったんだな。
冷静に考えれば天月がそんなことで彼女を捨てるなんてことは無いと分かるけど、家族を失ったばかりで凛には余裕がなかったんだろう。今でこそ大人びた凛だけど、当時はまだまだ子どもだからな。
……ていうか子どもの凛でも天月の俺に向けた好意に気づいていたのか。俺はどれだけ鈍感なんだ。
ん? そういえば今ってまだ配信しているけど、こんな突っ込んだ話していいのか? 特に天月のこと全国配信されてない?
"【朗報】天月課長、やっぱりヒロインだった"
"昔から好意寄せられてるとか幼馴染みポジじゃん"
"二人は近所に住んでたって記事見たけど、本当みたいだな"
"ヒロインレース三人目じゃん。盛り上がってきたな"
"正 妻 戦 争 開 幕"
"俺はゆいちゃんに賭けるね"
"いやシャチケンなら全員娶ってくれるよ"
"四人目のヒロイン、ショゴスたんを忘れるなよ"
"鱗くんもいるぞ!"
"ヒロインのバリエーションが豊か過ぎる"
……もう手遅れだったみたいだ。
スマホを触れたらミュートにもできるけど、今は両手が塞がっている。それに今更配信を止めてももう意味はないだろう。
「私は自分勝手な理由で先生に何度も戦いました。しかし先生はそんな私に付き合い続けてくれました。身勝手な振る舞いをすべて受け止め、叱り、そして毎回許してくれました。それを繰り返している内に、いつしか先生に対する怒りは消えました。それどころか……先生との別れを惜しむようになっていました」
「凛……」
と、彼女の話を聞いている内に縦穴を登り切る。
あとは目の前に見える出口から外に出るだけで今日の
「あの時先生が私と向き合ってくだされなければ、私はまだ子どものままでした。先生、本当にありがとうございます。私はあの時から……ずっと貴方を慕っております」
俺の目をまっすぐ見ながらそう言った凛は、ゆっくりと体を起こしたと思うと、俺の首に腕を回して唇を重ねてくる。
突然のことにびっくりした俺は体をのけぞらせようとするけど、首にがっちりと腕を回されているせいで逃げることはできなかった。
"凛ちゃん!?"
"やったあああああああ!!"
"大胆なキスは女の子の特権"
"ヒロインレース首位に躍り出たわね"
"●REC"
"羨ましいぃ!"
"そこ代わって凛ちゃん!"
"そっちかい!"
"相変わらず視聴者ぶれてないの草"
"ゆいちゃんめっちゃ焦ってそう"
"天月課長も焦燥感やばそう"
"今日の配信見どころありすぎてめまいする"
「……ぷは」
長い時間キスをした凛はそう言って唇を離すと、ぴょんと俺から飛び降りる。
そして背中を向けたまま、俺に話しかけてくる。
「……今日はありがとうございました。久しぶりに先生とご一緒できて楽しかったです」
口調こそ冷静だけど、後ろから見える彼女の耳は真っ赤になってる。
やっぱり恥ずかしかったみたいだ。
「またお会いできる日を楽しみにしてます」
「あ、おい凛!」
逃げるように走り去る凛。
それを追ってダンジョンから出ると……そこには大量の人がいた。
「来たぞ! シャチケンだ!」
「取材お願いします!」
「写真だけでも取らせてください!」
「街を救ってくれてありがとう!」
「配信見てました!
取材陣やら街の人やらがダンジョンの入口近くに大量に集まっていた。
政府の人がなんとか止めてるけど、いつ決壊してもおかしくないほど人が押し寄せている。
「あはは、どうも」
なんとか笑顔を作って挨拶すると、ドッと人の勢いと歓声が増す。
こりゃ凄い。騒ぎになる前に退散したほうがよさそうだ。
俺はその前に辺りを見渡すけど、凛の姿はどこにもない。どうやらもうこの場からは去ってしまったみたいだ。
……それにしてもまさか凛まで俺に好意を寄せてくれていたなんて。
「勇気を出して言ってくれたんだ。俺もちゃんとそれに応えなきゃな」
「てけり」
「ん? また幻聴か?」
辺りを見るけど、もちろんショゴスの姿はない。
それどころか出てきたダンジョンの入口がガラガラと完全に崩れ去った。ダンジョンが崩れればそこで生まれたモンスターも死ぬ。
ショゴスが生き残っていることはないだろう……たぶん。
スマホを確認すると、星乃から先に帰りましたとメッセージが届いていた。
ならここに留まる理由ももうない。政府への面倒な報告も後日でいいだろう。
そう決めた俺は人混みから逃げるように飛び跳ねながら帰宅するのだった。
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