第15話 田中、掴む
EXランクモンスター、ショゴス
その名は俺も聞いたことがある。確か今まで二例だけ出現報告がある、とても珍しいモンスターだ。
一回目はアメリカ西海岸。
突然ダンジョンの中から地上に姿を表したそれは、建物や動植物、そして人を飲み込みながら瞬く間に巨大化し、二十階建てのビルほどの大きさに成長した。
当然アメリカ政府は現代兵器やSランク探索者の力を用いて、ショゴスの討伐作戦を開始した。
しかし結果は……惨敗。
討伐にあたったSランク探索者十五名の内、八名が死亡。五名が重傷を負ったという。
現代兵器は足止めにすらならず、条約で使用が禁止されている魔素爆弾ですらショゴスにダメージを与えることはできなかった。
アメリカの攻撃を全て退けたショゴスは、一週間で三つの都市を壊滅させ、数百万人の犠牲者を出した。
そして気の向くままに破壊の限りを尽くしたそれは……満足したかのようにダンジョンの中に帰っていった。
アメリカ政府はすぐさまダンジョンの入口を閉鎖。今に至るまでそのダンジョンの入口は固く閉ざされているという。
二回目の出現はインド南部。
またしてもダンジョンから地上に出てきた黒い怪物は、南に直進しながら複数の町を飲み込んでいった。
そのショゴスはインド政府がいくら攻撃しても意に介さず、ひたすらまっすぐ進んだ。
そして海に行き着いたショゴスは、ゆっくりとインド洋の中に姿を消していったと言われている。
この二例とも、人間はショゴスを倒すどころかロクにダメージを与えることすらできていない。
つまり情報がほとんどないってことだ。分かっていることはその体は触れたものを溶かすということ。あらゆる攻撃に耐性を持っているということ。
そして……非常に好戦的だということ。
『
不快な声がしたかと思うと、ショゴスの体に三つの目玉が出現し俺たちをジッと見つめる。
大きさは人の頭部くらいだろうか。まだ敵意は感じないが、嫌な感じだ。まるで心の中まで見透かされているような……そんな感じがする。
「ショゴスは精神汚染効果もあったはずだ。気を強く持つんだ」
「はい……了解です」
凛は険しい目をしながら答える。
俺はこれくらいなら平気だけど、凛は結構つらいみたいだ。
"ショゴスってマジ!? SANチェックします"
"こいつあのアメリカで大暴れした化物だよな!? なんでそんなのがいるんだよ!!"
"え、マジでヤバいぞこれ。これが地上に出たらマジで東京壊滅する"
"映像見たことあるけど、爆弾いくら打ち込んでも怯みもしてなかったぞ。Sランク探索者でも全く歯が立たなかったし"
"なんでそんなのがいるんだよ……"
"さすがにシャチケンでもこれは倒せないだろ。早く逃げてくれ"
"てか精神汚染効果があるとか言ってるけど俺たち大丈夫なの?"
"正気度値削れりゅうううう"
"Dチューブには精神保護フィルターかかってるから大丈夫。音と映像に微妙に加工がかかってるんだよ"
"はえー、そうだったんや。まあ見た目キモくて普通に気持ち悪くはなるけど"
"てかなんでクトゥルフ神話の生き物がいるんだよ。こいつ創作の存在だよな?"
"そんなこと言ったらドラゴンも創作定期"
"最近の子どもはダンジョンのドラゴンが創作のドラゴンの元ネタだって思うらしいなw"
"草"
少し心配だったけど、視聴者の精神も無事みたいだ。
それにしても視聴者の言っていることは、俺も気になる。
なんでダンジョンに出てくるモンスターたちは、俺たちが元々知っているものたちなんだろうか? ドラゴンやオーク、ゴブリンなど、それらは創作物で死ぬほどこすられてきた存在たちだ。
ダンジョンが生まれてすぐはみな疑問に思っていたはずだけど、十年もするとみんなそれを当たり前の事実として受け入れてしまっている。どこかで一度、真剣に考えるべきかもしれないな。
『
と、考え事をしていると、ショゴスが体から触手を生やし、こちらに勢いよく伸ばしてくる。
俺と凛は素早くそれを回避して、距離を取る。
「ダンジョンコアは奴の体内……いや、あの感じだとダンジョンコアが奴の本体なのかもしれないな。つまりこいつを倒さないとダンジョンは壊せないってわけだ」
「なるほど。ではやはり戦うしかありませんね……!」
凛は覚悟を決めた表情をすると、手に魔素を溜める。
「
バチバチバチッ! という轟音とともに凛の手から巨大な稲妻が放たれる。
その雷はまっすぐにショゴスに向かい、爆音とともに激突する。
その威力にダンジョンがかすかに
たいした威力だ。会わない内に魔法もかなり上達したな。
"凛ちゃんすごい!"
"やったか!?"
"やったか?"
"やったか!?"
"勝ったか。クソして寝る"
"やったか!?"
"フラグ立てるな"
凛の放った魔法は見事なものだった。
だが……ショゴスは全くの無傷であった。玉虫色に輝くその体は、雷を一切通さずにはじいてしまったのだ。
「馬鹿な……スライム種であれば電気は効くはずなのに……!」
『
困惑する凛のもとに触手が襲いかかる。
触手は速いが動きは単調だ。凛はその攻撃を回避して、手にした短剣で斬りつける。
しかしなんとショゴスの体に触れた短剣は一瞬にして溶けてしまう。ダンジョン産の武器すらも溶かしてしまうほど強い『酸』なんて聞いたことがない。
「そんな……っ!」
『
ショゴスはどんどん大きくなって、じわじわと俺たちの方にやってくる。
すでに入ってきた穴はあいつの体が塞いでしまっている。逃げることはできない。
このまま壁に追い込んで溶かすつもりなんだろう。
「ここまで、ですか……」
絶望に表情を曇らせる凛。
魔法も武器も効かないとなれば、絶望するのも無理はない。
そんな凛の気持ちを察したのか、ショゴスは触手を凛に向け、勢いよく突き出す。
「しま……っ!」
俯いていた凛は反応が一瞬遅れる。
このままじゃ当たる。そう思った俺は地面を蹴り、凛とショゴスの間に割って入る。
「せ、先生! 危険です!」
凛がそう叫ぶが、俺は気にせず向かってくるショゴスの触手と相対す。
先端が鋭く尖ったその触手を、俺は
「ほっ、と」
無事キャッチできた俺は、それをしっかりと握りしめる。
強い酸のせいで皮膚がヒリヒリするけど、まあ我慢できるレベルだ。
「……先生? 大丈夫なのですか?」
「少しヒリヒリするけどこれくらいなら大丈夫だ」
"【朗報】シャチケンの皮膚、剣より硬い"
"なんで普通にキャッチしてるんですかね(畏怖)"
"さっき剣溶けてたよね?"
"【快挙】ショゴスくん、シャチケンをヒリヒリさせる"
"ショゴスくん、やるやん"
"たいしたやつだよ"
"なんでこれでショゴスくん褒める流れになるんですかね……"
"ショゴスくんの目、焦ってない? かわいいね"
ショゴスの触手は手の中でぶるぶると暴れる。
俺はそれを自分の体に寄せる。
「さて、倒す前に色々と
「へ?」
首を傾げる凛をよそに、俺は掴んだ触手を……ぱくりとかじって食べた。
「うん……美味くはないな」
ばきばき、ごりごり、と口の中で咀嚼し、ごくりと飲み込む。
味は腐ったオイルみたいだ。苦くて油っぽくてとても美味くはない。ただドロリとした喉越しだけはそんなに嫌いじゃないな。
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