第14話 田中、最深部に着地する

 テンタクルスライムを倒した俺たちは、大穴を下へ下へ落下する。


 たまに壁面をもぞもぞと動くスライムは見かけるが、攻撃してくる様子はない。まだこのダンジョンが生まれたばかりだから、高速で落下する俺たちに反応できるような強いスライムが少ないんだろう。


 しかし油断は禁物だ。

 特異型ダンジョンにはたいていヤバい・・・モンスターがいる。

 ダンジョンを破壊して脱出するまでは気を抜かない方が良いだろうな。


「……」


 落下するに従って凛の表情は固くなっていく。

 単純に緊張しているのもあるだろうけど、理由はそれだけじゃないだろう。


 凛は特異型ダンジョンのせいで家族を失っている。

 皇居直下ダンジョンから溢れ出たモンスターたちにより、住んでいた街を破壊され、一緒に住んでいた家族を目の前で殺されている。

 彼女自身もその毒牙にかかりかけたが、なんとか駆けつけることができた天月のおかげで命を取り留めたんだ。


 凛はそんな天月の背を追って討伐一課に入った。二度と自分のような魔災孤児を生み出さないために。


 だから今回のダンジョンにかける思いも普段とは違うはずだ。

 気負ってないといいが……まあそう簡単に割り切れるものでもない。ちゃんと俺がフォローしないとな。


 などと考えながら落下していると、急に周囲の魔素濃度がぐんと上がる。

 深さ的には中層くらいのはずだけど、この魔素の濃度は深層クラスだ。まだそれほどダンジョンが深くまで作られてないから、この程度の浅さでこんなに濃度が高いんだろう。


 凛を見ると少し辛そうな表情をしている。深層まで行くことは少ないから慣れてないんだろう。長くいると魔素中毒を起こしてしまうかもしれない。


「大丈夫か?」

「……はい。問題ありません」


 そう答えるが問題は全然ありそうだ。やれやれ、強情な奴だ。


「……と、最下層が見えてきたな。着地の準備をするぞ」

「はい、かしこまりました」


 俺の呼びかけに凛はそう答え、壁面に二本の剣を突きたて減速する。

 俺も片手を壁の中にズボッと突っ込み、壁をガガガガガガ、と縦に削りながら減速する。


「よっと」


 無事減速した俺たちは、長い落下を終えて地面に着地する。

 そこは半円球ドーム状の広い空間だった。大型のドラゴンがすっぽり入れるほどの広さだ。全体的にほんのり暗くて、そして息苦しいほど魔素濃度が高い。

 中層で活動しているような探索者では、数分も持たないだろうな。


"すげえ、ダンジョンの最深部とか初めて見たわ"

"しかも生まれたてのダンジョンだからな。政府もほとんど見たことないだろ"

"学術的価値めっちゃ高そう"

"でもなんもねえな"

"意外とあっさり帰れそう?"

"なんだもう終わりか。クソして寝るか"

"ダンジョンの最下層にはボスがいるって聞いたけど、いなさそうだね"

"そもそも最下層なんてめったに行くものじゃねえからな。最下層に行かせないための嘘じゃね?"

"確かに。最下層行かれたらダンジョン壊される可能性あるし、政府としては行かせたくないよね"

"でもダンジョンとしても壊されたくないだろうし、なにかしら対策すると思うけどなあ"


 コメントが盛り上がる中、俺と凛は周囲を警戒しながら歩を進める。

 生き物の気配はないな。スライムたちもここまでやってこないみたいだ。


「先生、あれ……」

「ああ。見つけたな」


 少し歩いた俺たちは、空間の中心部にふよふよと浮くある物体を見つける。

 それはビー玉ほどの大きさの球体だった。色は黒、妖しく光りながらかすかに上下に動いている。


 見た目こそかなり小さいけど、それから感じるエネルギーはかなり高い。まるでダンジョンそのものと対峙しているようにすら感じる。


「あれがダンジョンコアで間違いないでしょうか?」

「そうだろうな。想像よりずっと小さいけど間違いないだろう」


 ダンジョンの心臓、それが『ダンジョンコア』だ。

 その形は千差万別で、今回のように小さいのもあれば、かなり巨大なものも存在する。中にはモンスターや人間の形をしているものもあるらしい。


 ダンジョンコアは全てのダンジョンの最深部にあるとされ、それを壊すとダンジョンは完全に消えてなくなる。

 巨大なダンジョンを物理的に壊すのは不可能に近いので、ダンジョンを壊すにはコアを破壊するしか方法はない。


「モンスターがいない今が好機。コアの破壊行動に入ります……!」


 凛は二本の短剣を構え、駆け出す。

 一人で行かせるのは危ない。俺も後に続こうとした瞬間、ダンジョンコアに異変が起こる。


 ごぽ。という不快な水音とともに、コアから黒い液体が滴り落ちる。

 その液体は一瞬にしてコアを包み込むと、そのまま体積を増やし、あっという間に五メートルほどの大きさにまで膨れ上がる。


 それを見た凛は絶句し、急ブレーキをかけて停止する。


"なんだこれ!? スライム!?"

"デカすぎんだろ……"

"やっぱり危険じゃないか"

"なにこれ!? ブラックスライムか?"

"いやブラックスライムはここまで大きくならないぞ"

"俺モンスターオタクだけどこんなの知らんぞ!?"

"体もなんか重油みたいでべとべとしててキモい"

"映像だけでも異質感があるな"


 俺もこんなモンスターを見るのは初めてだった。

 一見スライムの上位種にも見えるけど……明らかに違う。それの内包しているエネルギーは今まで見たモンスターの中でもトップクラス。タイラントドラゴンよりもこいつは強いだろう。


 それを見た凛は、討伐一課が持っているデバイスをそのモンスターに向ける。

 あれは確か魔素濃度とかを測定できる機械だ。モンスターの魔素を測定して、そのモンスターの情報をデータベースから持ってくることもできると聞いたことがある。

 便利だから今度堂島さんに貰えるか聞いてみたい。


「……っ! このモンスターはブラックスライムではありません!」


 無事データを読み取れたのか、デバイスを見ながら凛が叫ぶ。

 その顔には深い絶望が見て取れる。どうやらかなりマズい相手みたいだ。


「このモンスターの名前は『ショゴス』……ランクEX測定不能の災害級モンスターです。 討伐記録はなし・・……遭遇したら即撤退が義務付けられています……!」

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