第13話 田中、叩く

 俺は壁を駆け上がり、凛のもとに近づく。

 触手を持つスライム、テンタクルスライムの表面は普通のスライムと違いぬるぬるしている。この粘液は別に有害じゃないけど、斬る時には邪魔になる。


 斬れ味の悪い剣だと、表面を滑ってしまい斬ることができないのだ。まあ俺の持っている剣は薫さんに研いでもらいたてだからそんなことにはならないけど。


「凛、今行くぞ!」

「先生……! いえ、お手はかけさせません……!」


 俺を確認した凛は、全身に力を込め始める。

 すると彼女の体がバチバチと電気を帯び始める。体内の魔素を電気に変換しているんだ。


放出ディスチャージ……ラーム!!」


 凛の全身から激しい雷が迸る。

 彼女をつかんでいたテンタクルスライムの触手はそれをモロにくらい、苦しそうに悶える。スライム種は全体的に雷攻撃に弱い傾向にある。

 あれはかなり食らっただろう。


『――――!!』


 触手の何本かが焼け落ちたテンタクルスライムは、その触手を穴の中に引っ込める。すると捕まっていた凛は空中に放り出される形になる。

 俺はすぐさま壁を蹴り、解放された凛を空中でキャッチする。お姫様抱っこの形になってしまったので少し恥ずかしいが、我慢だ。


「いい攻撃だったぞ」

「ありがとうございます……先生」


 凛は少しだけ疲れた様子だったけど、傷もなく元気だった。これなら問題なく戦闘を続けられるだろう。

 問題があるとすれば……服にねばねばした粘液がついていることくらいだろう。行動するのに支障はそれほどないと思うけど、目のやり場に非常に困る。


「先生? どうかされましたか?」

「い、いや。なんでもない」


 至近距離で顔を覗き込みながら尋ねてくる凛に、俺は思わず顔を背ける。

 駄目だ。教え子によこしまな気持ちを持ったら先生失格だ。四字熟語を考えて精神を落ち着かせなければ。心頭滅却色即是空焼肉定食……


"シャチケンが照れてる場面は珍しいなw"

"押せばいけるでこれは!"

"それより田中が邪魔で凛ちゃんがよく見えないんだが!?"

"見えっ"

"見えん"

"田中が粘液まみれになる展開はまだですか?"

"誰得だよ"

"は? 俺得なんだが?(マジギレ)"

"私も見たい"

"ワイも"

"ワイトもそう思います"

"やっぱり変態しかいないじゃないか(呆れ)"


 精神を落ち着かせた俺は、ひとまず肩や頬についている粘液を素手で落とす。

 普通に触ったら俺にもついてしまうので、高速で手を振って、その風圧で粘液を落とす。凛には当たらないよう、細心の注意を払いながら落としていく。


「ありがとうございます先生。あの、申し訳ないのですが……こちらもやっていただいてよろしいでしょうか?」


 そう言って凛は自らの胸を寄せてあげる。

 子どもの頃より大きく育ったそこには、当然粘液が溜まってしまっている。


"凛ちゃんガン攻めしてて草"

"落ちたな(確信)"

"策士過ぎる"

"ヒロインレース独走しとるやん!"

"ゆいちゃんの霊圧が……消えた……!"

"攻めの絢川"

"かかりが凄い"

"こいつら危険なダンジョンでなにしてんだよ……ふう……"

"しっかり抜いてて草"


 凛の思わぬ提案に俺は固まる。

 これは……非常によくない。理性の糸がぶちぶちと音を立てながらちぎれていくのを感じる。

 これは四字熟語を考えても落ち着かない。俺は拳を作って、右の側頭部を思い切りガツン! とぶん殴る。


"ひえっ"

"ひっ"

"は?"

"突然自分を殴って草"

"鉄と鉄がぶつかったみたいな音したんだが"

"まあ頭も拳も鉄より硬いだろうからな"

"古い家電直すみたいに精神統一すな"


 ……よし、煩悩が消えた。

 俺は素早く手を振るって凛の胸についた粘液を落とす。ミッションクリアだ。


「これで大丈夫だな?」

「……はい。ありがとうございます」


"凛ちゃんすねててかわいい"

"力技で煩悩消したな"

"でもこれは時間の問題ですよ"

"なんで特異型ダンジョンの中でヒロインレースしてるんですかね(歓喜)"


 なんとか最大の危機を乗り越えた俺は、壁に目を向ける。

 まだテンタクルスライムの本体は生きているはずだ。俺たちが落下し始めたらまた襲ってくる可能性がある。しっかり倒しておいた方がいいだろう。


 抱っこしていた凛を下ろした俺は、手の甲で壁をこんこんと叩く。

 うーん、こっちか?


「先生、なにをされてるんですか?」

「ああ、スライムを探してるんだ。こうやって叩くと、その反響で中がどうなっているのか分かるんだ」


 そう説明すると凛も俺の真似をするけど、あまりピンと来ていない様子だった。

 人によって得意不得意があるのかもしれない。


"ソナーみたいなことを自分でやってるよこの人"

"田中の深刻な人間離れ"

"なにが出来ないんだこいつ"

"凛ちゃん困惑してて草"


 俺はコメントが盛り上がっている間に何度か壁を叩いて、テンタクルスタイムの本体を見つけ出す。

 そしてその部分の近くに行って、思い切り壁を平手で叩く。


「よっ、と」


 衝撃波が壁を伝わり、テンタクルスライムの本体に直撃する。

 触手は何度切られても大丈夫なテンタクルスライムだけど、本体はもろい。今の一撃で核はボロボロになった。


 なんとか危険な穴の中から逃げ出そうとしたのか、穴からテンタクルスライムの本体が出てくるけど、その体はぐずぐずになっており、穴から出ると同時に崩れて死んでしまう。


「よし。うまくいったな」


"瞬殺で草"

"知らなかったのか? 田中からは逃げられない"

"モンスターに同情するわ"

"怖すぎるw"

"これで下に行けるようになったな"

"特異型ダンジョン出た時は怖かったけど、この配信見てたらなんだか安心してきた"

"思ったよりパニックが広がってないのも、この配信があるからだろうな"

"確かに"

"同接もまた1億超えてるし、海外の人もたくさん見てるな"

"まだ119億人が見てないんだろ? これからもっと伸びるよシャチケンは"

"Dチューブは自動翻訳機能もあるし、海外の人も見やすいよな"

"彼は本当に素晴らしいアメイジングだね! 米国にも配備してほしいよ!(英語)"

"悪いな。この社畜日本用なんだ"

"外国に寝取られたら流石に立ち直れないわ"


 気づけば視聴者の数は1億を超えていた。

 ここまで増えたのはあの間違えて配信してしまった時以来か。


 見てくれる人が増えるのは嬉しいけど、今は喜んでいる暇はない。早くこのダンジョンを壊さないとな。


「結構時間を食ってしまったな。急ぐか」

「はい。行きましょう」


 俺と凛は頷き合って、再び深い奈落の底に落下していくのだった。

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