第12話 田中、深部を目指す

 ダンジョンはいつも唐突に現れる。

 予兆のようなものはなく、突然地響きとともに地面を割いて地下から出現するのだ。


 生まれたダンジョンはすぐに政府の手によって調査、管理され、探索者が入れるようになるのは早くても三ヶ月後になる。

 なので生まれたばかりのダンジョンに入ることは普通できず、俺も当然入ったことはない。


「こんな風になってるんだな……」


 俺の第一印象は『いびつ』だった。

 ダンジョン内部はうねっていて、凹凸が激しかった。普通のダンジョンはもっと整った見た目をしている。


「凄いですね……この様な光景は私も初めて見ます」

「ん? 凛も初めてなのか?」


 政府に所属している凛は、てっきりこういう光景は見慣れているものだと思っていたけど、違うみたいだ。


「誕生直後のダンジョンは内部が変化し続けているので、中に入ることは禁止されています。調査を開始するのは誕生から一週間ほど経ってからです。その頃にはほぼ安定していますので」

「なるほど」


 俺の目の前には地下深くまで続く大きな『穴』が空いている。

 その穴は絶えず形が変わり続けている。おそらく最適な形を模索しているんだろう。こうやって徐々に見慣れたダンジョンの形になっていくんだ。


 それはいいんだが、穴がぐにょぐにょと形を変える様子はまるで『生き物』みたいで気持ちが悪い。

 もしかしたらダンジョンは巨大な生き物なのかもしれない。俺はダンジョンを食虫植物と例えたけど、その考えはあながち間違っていないのかもな。


「危険だけど特異型ダンジョンを放っておくわけにはいかない。最短距離で行くぞ」

「はい。お供いたします」


 俺と凛は頷き合うと、ぴょんと大穴に身を投げる。

 俺たちの体は急加速し、ダンジョンの最奥に落下していく。


"ぎゃああああっ!"

"また落下してて草"

"落下ノルマ回収"

"今日は酔い止め用意してねえよ!"

"初見か? 肩の力抜けようぷっ"

"凛ちゃんも落下にためらいなくて草なんだ"

"それくらいできんとシャチケンの弟子は務まらんでしょ"

"てか穴深すぎ、どこまで落ちるんだおろろろ"


 このダンジョンの穴は深く、俺たちはしばらく落下し続けた。

 もしこのダンジョンが完成していたら、攻略するのがかなり大変だっただろうな。構築途中だからこそこうやって下まで一気に降りれるけど、完成したら穴は塞がって少しずつ降りることになっていただろう。


「……ん?」


 しばらく落下していると、穴の壁面にもぞもぞと動くなにかを発見する。

 それはうにょんと形を変えると、突然こちらめがけてなにかを飛ばしてくる。


「敵襲! 六時の方向!」

「は、はい!」


 俺と凛は、空中で体勢を立て直し、飛んでくるそれを回避する。

 そして互いの足の裏を合わせて蹴り、空中を移動。壁面に手をつけて俺は一旦静止する。凛も壁面に刃を突き立てて止まる。


「どうやら俺たちに奥に行ってほしくないみたいだな」


 壁面に空いている細かい穴から、いくつものスライム・・・・が姿を表す。

 さっき攻撃してきたのはこいつらだ。普通のスライムはあんなことできないから、スライムの上位種『ハイスライム』だろう。こいつらは自分の体を切り離して遠距離攻撃をすることができる。


"おろろ、気持ち悪い"

"一体だけだったらかわいいけど、穴からたくさん出てくるとキモ過ぎる"

"ひいっ。集合体恐怖症なんだけど俺"

"でもスライムだったら簡単に倒せね?w"

"スライム甘く見てると死ぬぞ? こいつら無駄に種類豊富だし、油断してると簡単に死ねる"

"見た目じゃ種類の判別つきにくいんだよな。アシッドスライムなんかは骨まで溶かす酸を撃つし、油断できねえ"

"骨を溶かすって……怖すぎる"


 多種多様なスライムたちがでてきて、俺たちに襲いかかってくる。

 無視して強行突破してもいいけど、後ろから狙われるのも面倒だ。俺は剣を抜き、近づいてきたものから順に斬り伏せていく。


"スライムくんたちスパスパで草"

"さすがに敵じゃないか"

"毒持ってるスライムもいるけど、シャチケンはどうせ耐性あるしな"

"相手が悪すぎる……"

"それってモンスター側に使う言葉なんだ"

"まあ画面に写ってる中で一番のモンスターは田中だから……"


 突っ込んできたスライムをあらかた片付けると、突然頭上から「きゃあ!?」という声が聞こえてくる。

 上を見ると、なんと凛が巨大な半透明の『触手』に捕まっていた。

 その触手は壁面の複数の穴から生えている。どうやら奥で繋がっているみたいだ。


「テンタクルスライムか。厄介なのがいるな」


 テンタクルスライムは、名前の通り触手を生やしたスライムだ。触手はかなり太く、数も多い。

 その触手はいくつ切ってもダメージを与えられず、本体の核を壊さないと倒すことはできない。


 本体はいつも地面の中や穴の中に隠れていて、外には触手しか出さないので倒すのは中々難しいモンスターだ。

 ランクはスライム種にしてはかなり高いA。出会ったら迂回して進むのが推奨されている。


「この、離しなさい……!」


 凛は抵抗するが、触手がぬめぬめしているせいで上手く抜け出せないみたいだ。

 幸いテンタクルスライムは力はそれほど強くないので苦しくはなさそうだ。だが暴れるほどに粘液がまとわりつくので、それは嫌そうだ。


"エッッッッ"

"あまりにもエッッ過ぎる"

"REC"

"ありがとうございますありがとうございます"

"性癖の扉がこじ開けられました"

"かわいそうなのに抜ける"

"お前らいい加減にしろよ……ふう……"

"変態紳士しかいねえ"


 変態どものコメントで盛り上がってしまっている。

 あんな姿を晒すのは可哀想だし、俺も嫌な気持ちになる。早く助けるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る