第10話 田中、決心する
無事に怪しい奴らを倒した俺は「ふう」と一息つく。
気配を探ってみたけど、他に隠れている奴はいなさそうだ。ひとまず安全は確保できたと思っていいだろう。
さて、これからどうしたものかと思っていると、人質だった女の子を無事に安全なところに送っていた凛が戻ってくる。
「先生っ!」
「おわっ!?」
凛は勢いそのままに俺の胸に飛び込んでくる。
かなりのスピードだったので吹き飛びそうになるけど、足に力を入れて受け止める。普通の人なら胸骨が粉々になるぞ。
「先生……ありがとうございます……っ」
俺の胸に顔を埋めながら、凛は体を震わせる。
人質を取られて銃を向けられてたんだ。その恐怖は計り知れない。押さえていた感情が溢れ出しているんだろう。
「よく頑張ったな。さすが俺の自慢の教え子だ」
俺は凛が落ち着くまで、彼女の頭をなで続けた。
この様子も配信されてるのでめちゃくちゃ恥ずかしいけど、今は凛に寄り添う方が大事だ。
"アツアツやね"
"またたらしこんでて草"
"田中ァ! 責任取れよ!"
"ほんま羨ましいわ。その位置変わってほしい"
"ホントだよ。あたしもシャチケンに抱かれたいわ!"
"そうよそうよ!"
"そっちかい"
"視聴者の深刻なメス化"
"ガチなのかネタなのか分からんw"
"多分ガチは四割いる"
"結構いて草"
好き勝手言ってるコメントを無視していると、駆け足でこちらに向かってくる人が五人ほど現れる。
あの服は凛の着ているものによく似ている。ということは討伐一課の人たちか?
彼らが近づいてくることに気がついた凛は、俺からバッと離れて平静を装う。
さすがに抱きついているところを同僚に見られるのは恥ずかしいみたいだ。まあ全国配信されちゃってるんだけど……それは黙っておこう。
やって来た五名の中で、リーダー格らしき男が俺の前に出てくる。
精悍な顔つきの若い男だ。うーん、どこかで見たような。
「お久しぶりです田中さま。私は討伐一課の
「あー……そうでしたか。それはどうも、お久しぶりです東堂さん」
俺は東堂と名乗った男と握手する。
稽古をつけた隊員は多いので、あまり一人ひとり覚えていない。凛はしょっちゅう絡まれたし、才能もあったから流石に覚えていたけど。
確かこの東堂って人も凛ほどじゃないけど、強かったはずだ。立派に成長して討伐一課で働いているみたいだ。
「配信してくださっていたおかげで、現場の状況は理解しています。絢川と人質の少女を助けてくださったこと、心より感謝いたします。このお礼は後ほどしっかりとさせていただきます」
「それは嬉しいですが……それより今は
俺はそう言ってスカイツリー跡地に出現しているダンジョンの入口に目を向ける。
今日の午前中にここに来た時はあんなものなかったはず。あれが出現したことであの怪しい奴らが来たのか? それにしては行動が速すぎるけど、と思っていると凛が俺と東堂さんに耳打ちしてくる。
「実は……」
なんと凛の話によると、あのダンジョンはさっきの怪しい奴らが
簡単には信じられない話だけど、凛が嘘をつくわけもない。本当の話なんだろう。
俺たちは一旦これが人造のダンジョンであることは会話に出さないことにする。もしこの事実が配信で広まってしまったら、多くの人がパニックに陥るからだ。
いずれ知られることにはなるだろうけど、それが今である必要はない。
「新しいダンジョンが見つかった時は迷宮管理局が保全・調査する手はずになっています。まずは入り口を封鎖し、それから……」
そう説明していた東堂さんの表情が突然固まる。
その目には強い困惑、そして驚きの色が浮かんでいた。いったいどうしたんだろうとその視線の先にあるダンジョンの入口に俺も視線を動かす。
そして俺は彼が驚いた理由を知ることになる。
「……マジかよ」
なんとそのダンジョンの中から、小さなスライムがぴょこぴょこと跳ねながら出てきたのだ。
それは特に特別な能力を持たない普通のスライム。ランクはEで数いるモンスターの中でも最弱と言っていい存在だ。
だけど問題はそこじゃない。
問題は……モンスターがダンジョンの外に出てきてしまったということ。これは普通じゃありえないことだ。
"あのスライム、外に出てきてない?"
"そんなわけ……ってマジ?"
"え、なんで!? 嘘だろ!?"
"ふざけんなよ! 俺隣の区に住んでんだけど!!"
"いや! 怖い!"
"魔物災害だ! 東京から出ないと!"
"最悪だ!"
コメントもあっという間に阿鼻叫喚になる。
俺は高速で剣を振って衝撃波を飛ばし、スライムを倒すけど、もう混乱は収まらない。それほどまでにモンスターが外に出ることは異常事態なんだ。
「よりによって『特異型ダンジョン』か……」
俺は事態の悪さに悪態をつく。
今はまだ弱いモンスターしか出てこないけど、このまま放っておけばドンドン強いモンスターが外に出てくることになるだろう。
そんなダンジョンがこんな都心に出現してしまうなんて。嫌でも皇居直下ダンジョンが生まれた時のことを思い出してしまう。
「いや……」
そう小さく声を漏らしたのは凛だった。
彼女の端正な顔は青くなっており、その目には深い絶望と恐怖の色が浮かんでいる。
凛は小さい頃に魔物災害で両親を失っている。その時のことを思い出してしまっているんだろう。
……このままこのダンジョンを放っておくことはできないな。
「東堂さん。このダンジョンを破壊してもいいですか?」
「え、ええ!? 確かにこのダンジョンは危険ですが……私にその許可を出す権利はありません。申し訳ありません……」
東堂さんは申し訳なさそうに目を伏せる。
ダンジョンは貴重な資源。許可なく破壊することは法律で固く禁じられている。どんな理由があろうとも、それを破れば俺は犯罪者になってしまう。
しかしこんな状態の凛を見て、ジッとしていることはできない。
捕まることを覚悟で潜ってもいいけど、それはそれで凛が責任を感じてしまうだろう。
どうすればいいんだと悩む俺。
辺りを見回し、なにか役に立ちそうなものはないかと考えた俺は……配信しているドローンを見つけて、あるアイディアを思いつく。
「あの人だったら……!」
俺はスマホを操作し、ドローンを近くまで寄せる。
そしてカメラに向かって話しかける。
「堂島さん。この配信、見ていますよね? 見ていたらコメントください」
"え?"
"急にどうした田中ァ!"
"逃げる準備してるけど配信も気になる"
"大臣見てるの?"
"いえーい! 堂島大臣見てるぅ!?"
"どうしたんだ急に"
《魔物対策省公式》"おう。よう分かったな。ばっちり見とるぞ"
"なんで今大臣なんだろ?"
"ファッ!?"
"ガチで見てて草"
"ええ!?"
"変な声出た"
"公式アカウントで見るなやw"
"また堂島大臣とシャチケンのコラボが見られるなんて"
流れるコメントの中に魔物対策省のアカウントを見つけた俺は、笑みを浮かべる。
この人なら絶対見てくれていると思った。
そしてちゃんと俺のしてほしいことを理解し、動いてくれているはずだ。
「これからこのダンジョンを破壊しに行きます。許可をください」
"誰にもの言っとるんじゃ。責任は全部取るからさっさと行ってこい"
堂島さんはまるで用意していたのかのように、俺の頼みに素早く返事をしてくれた。
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