第9話 田中、キャッチする

 低く構え、居合の構えを取る田中。

 それを見た教団員の銃を持つ手が震える。


「と、届くわけがない……」


 両者の距離は十分に離れている。おまけにこちらは銃で向こうは剣。

 どちらの攻撃が先に当たるかは明白だった。


 しかし……教団員はまるで自分が追い込まれているような感覚に陥っていた。


「は、ハッタリだっ!!」

「なら試してみるといい」


 迷いなく言い放つ田中。そんな彼とは対称的に教団員は極度の緊張状態にあった。これではどちらが人質を取られているか分からない。

 教団員のリーダーが「落ち着け!」と叱責するが、その声は届かない。


 教団員は田中を見ながら銃の引き金に指をかける。


「や、やってやらあ!」


 銃を握る手に力がこもる。

 田中はその瞬間を見逃さなかった。


「我流剣術、またたき


 ふっ、と田中の姿が消える。

 我流剣術、またたき。その技は、まばたきをする一瞬の間に接近し、相手を斬るものだ。


 田中はわざと相手を挑発し緊張させたことで、相手のまばたきの回数を増やした。そして体に力が入った瞬間とまばたきの瞬間が重なった今、攻撃に移った。


 鍛え抜かれた脚力を惜しみなく使い、田中は20メートルの距離を一瞬にして詰める。

 そして相手が自分に気づくよりも早く、腰から剣を抜く。


 剣閃が走り、教団員の持つ銃が両断される。

 異変に気がついた教団員は反射的に引き金を引くが、既にその銃に銃としての能力は残っていない。ガチ、という金属音がなるだけで何も起こりはしない。


「な……っ」

「その子を離してもらおうか」


 田中は居合を放ち、振り上げていた剣を手の中で回転させ、刃の反対側、みねで思い切り教団員の左肩を打ち据える。

 刃がついていないとはいえ、田中の剛力で振るわれればそれは十分な凶器となりうる。

 田中の剣は教団員の僧帽筋を断ち、鎖骨をへし折り、胸骨を粉砕しながら左胸まで達する。そのせいで教団員の左肩は大きく陥没する形になった。


"シャチケン速すぎっ!!"

"バグ技みてえな動きだったな"

"ざまあみやがれカルト野郎が!"

"俺の知ってる峰打ちじゃない"

"峰打ち(致命傷)"

"安心しろ、峰打ちだ"

"全然安心できなくて草"


「あ……が」


 苦悶の声を漏らす教団員。

 左肩を粉砕されたことにより、当然人質を抱えていた左手は使用不能になり、教団員は人質を手放す。

 田中は素早く女の子を教団員から引き離すと、意識が朦朧としている教団員を蹴り飛ばし、安全を確保する。


「もう大丈夫だ、頑張ったな」

「は、はい……」


 女の子に目線を合わせながらそう言うと、女の子は目に涙を浮かべながら田中の胸の中に飛び込む。今まで抑えていた恐怖が溢れ出したようだ。


 女の子を抱えながら背中をさすりなだめる田中。

 教団員たちはそんな田中に一斉に銃を向ける。


「こ、殺せっ! こいつを撃ち殺せ!」


 教団員のリーダーがそう叫ぶと、一斉に教団員たちは田中めがけて発砲する。

 七名の教団員たちの放った弾丸は数十発に及ぶ。田中はその弾丸が自分に届くまでの間に対処法を考える。


 剣で全ての弾丸を叩き切る。

 ――――可能だが跳弾が女の子に当たる可能性がある。却下。


 女の子を抱えたまま回避する。

 ――――女の子が移動速度に耐えきれない可能性がある。却下。


 頭に思いついたいくつかの案を却下した田中は、女の子を傷つけずこの場を切り抜ける方法を思いつく。


 田中は両手を開き、前に出す。

 そして飛んできた数十発の弾丸を全て素手でキャッチ・・・・して見せた。


「ば、馬鹿な!?」


 教団員のリーダーは驚愕しながら弾が切れるまで引き金を引く。

 しかし田中は手を高速で動かし、遂に全ての弾丸を受け止めきってしまう。


"弾丸止めてて草"

"教団の連中呆然としててウケるw"

"マトリックスの世界なのよ"

"これなら女の子も傷つかないけど、実行するか?"

"シャチケン最強! シャチケン最強!"

"この女の子が十年後ハーレム入りするんですね、分かります"

"もうクラスの男子にときめかないだろ。脳が壊れる"

"視聴者も脳壊れてるしお揃いだな"


 弾丸の雨が止むと、田中は手の平にジャラジャラと乗る弾丸を教団員たちに見せつけた後、銃弾を指ではじき、教団員たちに当てて倒してしまう。


"手で弾丸撃ってて草"

"田中ショットガン"

"もう銃いらないじゃん"

"近代兵器の敗北"

"銃くんもシャチケンに負けるなら本望でしょ"


 教団員たちのほとんどは田中ショットガンにより倒れるが、彼らのリーダーだけは当たりどころが良かったのかまだ立っていた。


 もうほとんど勝利している状態ではあるが、女の子を戦場に置いたままにもできない。どうしたものかと思っていると、田中のもとに凛が駆け寄ってくる。


「先生」

「凜か。この子を安全なところまでお願いできるか?」

「はい、かしこまりました」


 田中は自分に抱きついている女の子を優しくはがすと、その子に目線を合わせながら言う。


「よく頑張ったな、偉いぞ。あのお姉ちゃんと避難しててくれるか?」


 田中がそう言うと女の子はこくりと頷き、凛のもとに行く。

 戦場から去っていく二人を見送った田中は、まだ戦意の残っているリーダーのもとに行く。


「め、迷宮のことを何も分かっていない背信者が……いずれ貴様らは天罰を受けるぞ……!」

「ダンジョンのことならお前らより分かっているさ。あれはお前らの思うような崇高なものじゃない」

「なんだって……? 迷宮を愚弄するか!」


 崇拝するものを否定され、教団員は怒る。

 しかし田中もダンジョンについては詳しい。考えなしに言ったことではなかった。


「ダンジョンは確かに悪い側面だけじゃなく、資源という形で人を豊かにしてくれる。だけどダンジョンの本質は『悪意』だ。決して神なんかじゃない」


 それが長年ダンジョンに潜り続けた田中が出したダンジョンに対する結論だった。

 貴重な資源が取れるのも、探索者を内部におびき寄せるため。ダンジョンは食虫植物のような存在だと田中は思っていた。


「そんなわけは……ナイ……ッ! 迷宮は、我らの救世主ナノダ……!」


 田中の言葉はダンジョンを崇拝する教団員に受け入れられるものではなかった。もし自分たちの信じているものが間違っていたら、自分たちはただの犯罪者になってしまう、そんなこと認めるわけにはいかない。


 教団員は背中に隠していた短剣をこっそりと握ると、突然田中に襲いかかる。


「迷宮ヲ解放セヨッ!!」


 田中の首元めがけ短剣が振り下ろされる。

 しかし田中はその短剣を片手で軽くさばくと、右の拳で思い切り教団員の顔面を殴りつける。


 めき

、という音と共に、鼻の骨が砕け顔面が陥没する。そのまま田中が拳を振り抜くと、教団員は吹き飛び地面を数度バウンドした後、そのまま倒れる。


 そんな彼を見ながら田中は最後に呟く。


「お前は話にならない奴だったよ……二つの意味でな」

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